学園長のひとり言

平成13年2月20日

お母さん!、子供が嫌がるほど抱きしめてあげて下さいね。

6年間の不登校経由で、上田学園に入学。自分の夢を実現するため国立大学を目指し、春から予備校に通うことを決めた“不登校の先輩”の生徒と一緒に、東北の小さな町から来た可愛いお客様を上田学園に迎えたのは先週の水曜日だった。

デリケートな感じはするが、とても賢そうな小学校4年生という男の子は、東京に住むという彼の叔母様に連れられて恐る恐る上田学園にやって来た。こんな小さな頭で、こんな小さな身体で、何に悩み、何に心を痛めているのかと、彼の表情を見ながら、私の方が泣きたくなった。

「今の学校には戻りたくない!」

「どうして?」

「疲れたの。先生が僕のことを朝礼のとき足で蹴飛ばしたし・・・・」

「勉強は好き?」

「嫌い!」

「何が嫌い」

「国語。漢字が嫌い!」

「好きなものは?」

「体育と算数」

出されたオレンジジュースに手もつけず、緊張した面持ちで私達の前に座った可愛いお客様と、こんな会話から話し合いが始まった。

親一人子一人の彼は、母親が仕事で忙しいときは、一人で留守番をし、放課後は週3回スポーツ少年団に行き、週2回塾通いをしているのだという。

「体育が好きなら、スポーツ少年団も楽しいでしょう?」

「いや、疲れた」

何もかも疲れたので、東京の学校に転校したいと言う。東京は従兄弟達もいて楽しいし、お母さんも東京に来ればいいと言う。話し合いの途中からハンカチを目にあてて、涙を拭きながら訴える彼を見ながら、彼が自分でも理解できない彼の本心に気が付いてくれたらいい。今の自分の心から逃げたら本当の不登校になってしまうし、問題解決にはならないことを理解してくれたらいいと願いながら、自分の心のうちを説明出来ず、混乱し、糸がこんがらがるようになっている心のうちを一つ一つ、ほぐしていった。

「君が『学校にもう行きません』と先生に自分で言ったの?」

「違う、お母さんが言いに行ったの」

「先生は悲しんだでしょう?君が学校に来ないと言ったので」

「分からない」

「お母さんは、先生が何とおっしゃったと言ってらした?」

「早く、学校に戻って来てください、って」

「ほら、先生は君が学校に来ないこと悲しんでいると思うよ」

「違う。先生は僕を蹴飛ばしたし・・・」

「なぜ、蹴飛ばされたの?朝礼か何かで列を作っているとき?」

「そう」

「そのとき、どうして先生に『蹴飛ばさないで下さい』って言わなかったの?言ったの?」

「言わなかった。怖いから」

「きっと、先生は君がこんなに傷ついているって知らないと思うよ。怖くても上田先生だったら言うと思うな・・・。どうして人間に口があるか知ってる?」

口の役目は何か、自分の気持ちを言葉で伝えなければ先生もお母さんも、彼の気持ちが理解出来ず悩んでいるだろうことなどを話し合った。そして、いつもいつも“良い子供”を演じなくていいこと。嫌なことはしっかり人に伝える努力をすること。解決する方法の一つに転校もあるが、それは色々努力して駄目なときに選択すればいいと思うこと。漫画を読むことも、ゲームをすることも国語の勉強になることや、勉強は何時間もすると頭が痛くなるので、1日何時間もしないように、国語の勉強の一つである漫画やゲームはあまり長くやらないことなどを話しあった。そして、彼が出した結論は「僕、おうちに帰って学校に行く!」でした。

彼の心の中にあったのは、お仕事で忙しくなったお母さんの心がいつもどこかに飛んでいて、目の前にいる彼が見えてないのが分かったのでしょう。そして、無意識のうちに「お母さんに心配かけては駄目!」と自分に言い聞かせて頑張っていた彼の心に隙間風が吹いてしまい、それがうまく伝えられなくて普段だったら何とも感じないような出来事にも傷ついてしまったのでしょう。不登校のきっかけは、以外とこんなことから始まることもあるように思いました。

今回の話し合いで、彼がすぐ元気になるかは分かりません。でも、彼の苦手な漢字の勉強について「漢字の勉強は楽しいのよ。それに簡単なんだから。今度東京に来たら教えてあげるから、上田学園に遊びに来てね?」と申し出ると、ニコニコしながら、春休みにまた東京に遊びに来たときは、従兄弟と二人で上田学園に勉強道具を持って遊びに来てくれることを約束。その帰りには、井の頭公園でサル山の見学にいくことも約束。

ホッとした顔をして帰る彼を見送りながら、教師としても、子供を取り巻く大人の一人としても、意味のない暗い顔を子供達にさせてはいけないとつくづく反省させられた。そして、子供達には一杯、一杯愛情を与えて欲しいと願わずにはいられない。その愛情はお金でも、時間の長さでもなく、子供を取り巻く親や、大人たちがふっと立ち止まって、ゆっくり深呼吸し子供達と心を通わせる笑顔や、スキンシップではないのだろうか。

東北の小さな町から来た可愛い不登校児君!、上田学園に来てくれてありがとう。一緒に頑張ろうね。
私の仕事とはいえ、彼と話し合いのチャンスを下さった彼の東京の叔母様、ありがとうございました。