学園長のひとり言


平成13年5月21日

子供達の節目、学校の節目、先生達の節目

上田学園は2年間の学校だ。3年目を希望する場合は一応学園から学園に在籍するための条件が出される。それは、1年在籍を延長するには、生徒側にそれを希望するだけの理由があると思うからだ。その理由を聞いた上で、学園側も条件を出す。その条件は、生徒によって全く違うものであるが、不思議なことに、どの学生にも1年が終わる度に大きく変化する時期がやってくる。まるで上田学園に入った学生達が、信じられないように毎日変化していく中で、それがいかに小さな変化、中位の変化だったことかに、気付かされる程の大きな変化を遂げる節目が。

そんな節目を迎えた生徒がいる。

ここ何週間かの彼の目にあまる行動に、私は爆発した。そして、「私は貴方を逃がさないから!」と徹底的に話しあった。そして、話し合っている間中、「本当に善い奴だ!。本当に可愛い奴だ!。でも、誰も本当のことを告げてなくて可哀相な奴だ!」という思いが、私の心の中を駆け巡っていた。

私は、人は誰でも何らかのハンディキャップ、即ち"不利な条件"のあるのが"当たり前"と考えている。
例えばこの私は、"美貌・知識・お金・主人なし"等というハンディキャップがある。でも反面、"立派な体重・立派な年齢・ギャハハと笑える大声"等という人より優れている(?)ところもある。だから、年齢、性別、学歴等に全く関係なくどんな条件の人達とも、人間が人間として"対等"に付き合うべきだと考えている。それだけに、子供達を"可哀相な奴"と思って付き合いたくない。聞くか聞かないかは、彼の選択。でも対等に付き合うためにも、"おかしい!"と思うことは、絶対納得するまで話したいと思った。

彼の1年目の節目が無事超えようとしている。何も知らない先生達から「どうしたんだ?、すごくスッキリした感じがするけど、何かあったのか?」と質問されている。

「先生、明日の夜御時間がありますか。申し訳ないんですが明日、時間があったら、話したいことがあるんですが」電話の向こうから節目を無事超えそうな生徒の明るい声が聞こえてきた。 久しぶりで何かが吹っ切れたような明るい声。その声を聞いたとたん、嬉しさと愛おしさで電話の向こうの生徒達を全員、抱きしめたくなるほどジワジワと心の底から湧きあがってくる幸福な気持ちを押さえることが出来ず、思わず「だから、どんなことがあってもギブアップしたくないのよね、この仕事!」とつぶやいてしまった。

「人にお願いをするのに遅れて来るとはどういうこと?」3分遅れでやって来た学生に野原先生の厳しい言葉が飛ぶ。その言葉をきちんと受けて謝罪する生徒。そこには、これから何か新しいことが起こりそうな何ともいえない心地よい雰囲気が漂っていた。

「先生、これだけの初期投資をして下さい。」学生達が野原先生の授業で行う「野原組」の仕事に就いての試算表を提示しながら、説明を始める。
学生達は彼らの目で見た吉祥寺を"CHAPS!きちじょうじ"というタウン誌にしてみたいと言う。どのように取材し、どのように営業し、どのような紙面にするかという企画会議をしたという。また、印刷屋さんを招いて、紙や印刷についての講義もしてもらっていた。

昨日の何とも希望に満ちた明るい電話の声は、今学期の野原先生の授業内容についての企画会議があると聞いていたので、多分その企画会議で話し合ったことが“はずんだ声”の一因だろうと、察しはつけていた。だから、あの何とも希望に満ちた声を聞いたとき、「少しくらいの難問は、頑張って聞いてあげよう!」と心に決めていた。

いくつか、疑問に思うことを質問し、その答えを載せた企画書の再提出を要求した。そして、その要求に対し「火曜日にはメールで提出致します」と返事する彼らが、チョット大人になったように感じた。

上田学園で学ぶ学生達は、社会からも学ぶ機会を与えられたらいいと、ずっと願っていた。社会から叩かれたらいいと、ずっと思っていた。だから、出来るだけ社会から“隔離”をしないよう心がけ、学生が納得したら取材でも、見学でも“大歓迎”でお迎えした。今学期はそれが二つの授業を通して実現しそうだ。一つは野原先生のクラスでのタウン誌発行。もう一つは、旅行企画の仕事だ。

「大丈夫ですかね。仕事の経験がないのに、いいんですかね。」と心細気に訴える学生に言う。「いいじゃないの。やって失敗してみれば。その経験はどんな経験にも勝ると思うよ!」と。

今学期になってから毎日のように学生達に言っている。「先生から教えてもらうのではなく、先生の持っている知識・知恵・経験・体験、何でもとっていきなさい。その為に、ただ口を開けているのではなく、貴方達から先生に働きかけなさい。アプローチしなさい。方法が分からなくてもいいから、やってみなさい。やっているうちに、理屈でなく、どうやったら人の心や頭(?)が開くか体験出来るから。それが上手に出来る人が、自分のやりたいことをやっている人に多いのではないかしら?」と。

上田学園はまだまだ小さな学校だ。でも、3人の在校生の中に既に小さな社会が出来、お互いが良い影響を与えあって、グングン力をつけていきそうな匂いがしてきている。

4月9日から新学期が始まり、まだまだバタバタしているところだが、「上田学園の先生方の目がキラキラ輝いていて、眩しくて見ていられなかった!」。早稲田大学を中退し、授業料も生活費もコンピュータで稼ぎながら上田学園に入学した息子を心配して上京して来た彼のお母さんは、そんな感想を述べ、1泊した彼のアパートで美味そうにビールを飲んで帰って行ったそうだ。また、他の学生のお母さんは「一ヶ月もたたないうちに、子供の時のような良い顔になり、主人と『ミラクル!』と話しております。本当に反省しております。」と話して下さった。

学生の一人一人は本当に素敵で、可能性を沢山持った子供達だ。それだけに、彼らをとりまく私達教師は、しっかり自分の生き方を追求していかなければ、子供達に申し訳ないと思っている。

子供達、頑張れ!。私達も負けずに頑張るから 。そして一緒に楽しい、役に立つ学校をつくろうね。自分の人生を自分に誇れるようになるために。