学園長のひとり言

(毎週月曜日更新)
いつも遅れてすみません
平成13年7月2日



一期一会

人は別れるために出会うのであるという。だから、どんな出会いでも大切にしなければいけないという。どんな別れも、大切にしなけばいけないと思う。

私は55歳の今まで、色々な出会いと別れを経験した。色々な出会いと別れを経験して始めて、人間として反省し、感謝し、大きくなっていけるような気がする。

出会いはウキウキし、別れは悲しい。

出会いはウキウキしても、その出会いで人生が大きく良い方に展開する場合もあれば、悲しい方に展開する場合もある。別れも、悲しい別れもあるが、嬉しい別れもある。どんな場合も、それをどう受け止めるか、どう受け止められかは、受け止める人の心の持ち方と、人間関係の"質"によるものなのだろう。

最近、私は親しい友を亡くした。最後の最後まで一度も泣き言も言わず、癌との共存の可能性を求め、行動し、努力し続けた友人は、亡くなる1・2時間前まで、他の患者さんのために心を砕き、助言をしていたと言う。

「死」という人間の手ではどうしようもない理由で友と別れなければならなかった私を、上田学園の子供達が気遣ってくれている。しかし、心配してもらっているが不思議に心が傷ついていはいない。無理して傷がつかないように心に鉄の鎧を着せたのではない。あまりにも素晴らしい彼女の生き様に接し、悲しい気持ち以上に、「おつかれさま!本当によく頑張ったね。」という賛辞の言葉が自然に湧いて出てくるからだ。

七歳年下の彼女は亡くなるまで、「早苗、頑張りなさいよね。貴女は不思議な人で、何をやるのも人の三倍も時間がかかるけど、その代わり、し終えたときは、人の何倍もの成果をあげるんだから」と言いながら、まるで私の母親のように私を心配し、気遣い、励ましてくれていた。そんな彼女が、優しいご主人と神崎先生とう気功の先生に支えられながら、選択の余地が皆無に近い中で、希望を失わず頑張って"生きる"という見本を見せてくれたことに、感謝の気持ちと共に、彼女のあの姿を心に、どんな苦しいことも頑張れると思えるからだ。またそうしなければならないし、彼女もそれを一番望んでいたと思うからだ。

彼女との別れを体験して、つくづく「ああ、人は他の人の為に生きるようになっているんだ」ということを改めて知らされた。人の価値は人間として存在するということであり、自分がこの世に居るだけで、他の人の為にもなり、他の人も自分のためにもなるということを。だから無駄な存在価値は何もないということなのだ。それだけに、人との関わりを大切にしたい。いいものにしたい。それがきっと、一期一会。

今日という日は、今日しかない。どんなことも、どんな人との係わり合いも、今日しかないと思って、大切に関わっていかなければならないと思う。

親友の出来事はやっぱり、悪い、悲しい出来事だった。でも彼女はそんな中、たくさんの宝物を、残された者達に授けていった。それを大切に大切に、育んでいきたいと願っているし、そうするのが彼女への感謝になると信じている。それも、自分達に関わって下さる人達の存在に感謝しながら。