●学園長のひとり言  


平成14年7月1日

*(毎週月曜日更新)

落ちこぼれ

「家の子、落ちこぼれですので、将来いい大学に入れないだろうと主人ががっかりしておりますの。主人の家族は全員一流大学卒の一流企業ですから」

「落ちこぼれ?」何からの落ちこぼれなのだろうか。私はこの世に「落ちこぼれ」はないと考えている。何故なら、他人と比較するとき、比較するルールがあり、それ以外の比較は"無意味"だからだ。昨日の自分と比較をしても他人と比較が出来ないと思っているからだ。

比較をするときは、全く同じ条件の中でなら、誰が優れているかということは比較できる。しかし、生んでくれた親の能力、親の資質、育った環境が全く違うのに、他人と比較するのは「差別」であり、「不平等」でしかない。

本当の意味で全く同じ条件で比較出来るのは、昨日の自分。過去の自分とだけだ。だから、私は人に対しは「落ちこぼれ」という考え方は当てはまらないと思っている。

学校の先生や親が「落ちこぼれ」と感じるのは、ある一定の期間で決められたものを習得しようとすると、「落ちこぼれ」が出てくる。但し、その「落ちこぼれ」の意味は、他の人と比べると、決められた時間内に同じことが出来ないという意味、即ち時間的に間に合わないという「落ちこぼれ」であって、能力的なことを言っているのではないはずだ。それが証拠に学生時代全く勉強が出来ず、影の薄い存在だった子供や、勉強が出来ない為に「落ちこぼれ」と言われていた子供が大人になって「大成」している事実を見ると、納得いくことだろう。

親や先生は「子供の教育」、即ち「親業」を選択した親が、子供にしなければいけない「家庭教育」、「先生業」を選択した先生達が、子供にしなければいけない子供が自立するために必要な「基礎学習教育」を、一見落ちこぼれて見える子供達にも、あきらめることなくしっかり教えていかなければいけないのだ。

勿論、他人と生活することで成り立っている「社会」で生きる為には、決められた時間内に決められたことを最低限仕上げていくことも必要であり、内容によっては、「他人」と同じように出来ることを要求されることも、自然なことなのだ。そのために、子供達に「自分とは?」をしっかり自覚させ、「自分は人より何をするのも時間が懸かるから、人が開始するより前に行って準備をしておこう!」とか、時間を守る為に、どこを合理的にするかなどの"知恵"を授けてあげる必要はあるだろう。

しかし、実際親達が"子供可愛さ"で一生懸命したことは「どうしてお隣のたかし君が出来るのに、貴方ができないの?」と金切り声をあげたり、叱咤激励するあまり、机をたたいたり、戻ってきたテスト用紙で子供の頭をたたいたり、「この漢字を千回書きなさい!」と言ったり。

昔、スイスの日本人補習学校1・2年生の担任をしていたとき「先生、お願い!何回でも書き直すから、×はつけないで。×がつくとママが『どうして間違えたの!』って怒って僕のことぶつから」と、彼の解答用紙に×をつけていた私の手を押さえて哀願した子供がいた。それを聞いていた他の子供が

「へえ、君んちのママは綺麗で優しそうじゃないか?」

「それがさ、そうでもないんだよ。僕のテストの紙を見て、『どうしてこんな点数なの。どうして100点取れないの?貴方はママの子でしょう?』って言って、結構僕のことを叩くんだよ!」

「信じられないなあ、だって凄く優しそうに見えるけど!」

「それはさ、外に居るときだけだよ。家では怖いんだぜ。『100点とらなければご飯は食べさせませんよ!』って言うんだぜ。」

「ふうん・・・・・・、」

「ごめんね。上田先生の教え方が悪いから○がもらえなかったのよ。先生どうやったら、皆が分るかもう一度考えてくるからね。来週まで時間頂戴ね。」

6歳の子供達と私の机の周りで、私の採点するのを見ながらこんな会話を交わしていたことを思い出す。

親が一番怖がった「落ちこぼれ」のレッテル。貼られたレッテルなど、自分がしっかり自分の考えをもっていれば、簡単に自分で"はがせる"ことに気付かず、「どうせ貴方は、ドロップアウトして落ちこぼれたんだから。一流の大学にいかれないんだから、頑張ってちょうだいよ!」と、他人の評価を元にして激励する。

これは激励ではない。まるで"脅迫"しているように聞こえる。無意識に「どうせ云々」という言葉が、それに華(?)をそえる。

上田学園の子供達の中にも、「どうせ云々」という"どうせ"という言葉で、普通の学校を退学してフリースクールに居るという、一般からドロップアウトしてしまった彼の人生(?)がいかに大変かを、得々とお説教されて、「別に友達が嫌いになったわけでも、勉強が出来なかったわけでもなく、自分がこういう学校に来たかっただけなのに。」と困惑している学生がいる。

お説教する人達は、ただお説教するだけで、「それならどうしたらいいのか?」というご意見はないようだ。ただあるのは「学校をやめたから、お前はもう駄目だ。」の一点張りなのだ。裏を返せば「学校に行っていたら、何とか為る。」という意見なのだろう。

私から言わせてもらうならば、こんなに子供達を馬鹿にした言葉はないと思うのだが。

どちらにしてもそれがよいか、悪いかには関係なく、親も子供も大きな勘違いをしている。

いい大学に行っても、魅力のある人間。自分で考え、自分で行動する人間。そんな基本的なことも出来ない学生は、有名大学を卒業しただけでは、有名な会社には就職できない時代なのだ。その反対に学歴がなくても、やりたいことが明確で、人間的にも魅力があり、自分の考えでしっかり行動し結果の出せる人間は、どんな境遇になっても生き抜いていけるのだ。例え、成功しなかったことでも、その不成功からしっかり学ぶことが出来、失敗を自分の栄養にしてしまうのだ。

今の時代は、子供達がどんな境遇になっても、一人で逞しく生き抜いていける底力を、しっかりつけさせなければいけない時代になっている。それだけに、自分の出来なかった夢や、ご親戚一同に対する面子のことばかり考えて、子供を教育しようということ自体、間違っている。親や教師が考えなければいけないのは、いかに上手に子供達を巣立たせるか。自立させるかだ。そのために親や教師は何をしなければいけないのか、本当に考えなおさなければいけない。

「お宅のお母様90歳?お若いですね。お気持ちもそうですが、考えも、お話もしっかりしていて!」と、会う方皆さんに驚かれるような猛獣のような"猛母"が私にはいる。

小さくて細い母だが、毎日95歳のマダラボケになってきた父を助けて一日中、くるくる、くるくるとよく動き、健康にいいからと「老人食」などお料理しようものなら「トンカツを食べないと元気が出ないわね。」等と言うほど、元気なのだ。そんな母が先週の火曜日に"引ったくり"にハンドバックを引ったくられた。

さすがの母も、ショックだったようで警察に急いで駆け込んだときは、ひったくりをした人が、歩いていた若い男の子か、自転車に乗っていた若い男の子か全く思い出せないほど気が動転し、そんな母を気遣って、おまわりさん達が親切にしてくださり、父が一人で留守番をしているので心配だと言う母を気遣って、パトカーで自宅まで連れてきて下さったようだ。そして、それから毎日バックを引ったくられたときのことを思い出すと、胸がドキドキして、眠れなくなったり、頭が痛くなったりしている。

警察の方がみえて、私にその時のことを話して下さったときは、あの気丈な母親のことだし、幸い怪我もしなかったのだからと、あまり心配をしなかったが、90歳は90歳。生まれて初めての体験で、本当に心に痛手を受けたようだ。帰宅すると私の後をついて回るようにして、引ったくられたときのことを繰り返す母に、「これはまずい!」と思った私は、先週と今週はなるべく家にいて、母と話すように努力をしている。

「お母さん!引ったくられたとき、倒れて骨でもおったら大変なことになっていたでしょう。取られたお金は"厄落し"。これからたくさんお金が入ってくるという暗示よ。引ったくった人は気の毒ね。我が家の"貧乏神"まで持っていってくれちゃって。」などと、起こってしまったことを「何故、そんなところに一人で行ったの?」と詰問するより、「だから大丈夫よ」と毎日話すことで、母の心を落ち着かせている。

母の様子を見ていて問題は違うけれど、言っても仕方がない、学校をやめてしまったり、行かれなくなった子供に向かって「どうせ落ちこぼれたんだから云々」こんな言葉で子供と向き合っていたら、子供は元気をなくすだろう。「頑張ろう!」と思ったことも、頑張れなくなるのは当たり前だ。

子供達とびくびくしながら、「こんなことを言ったら、子供の心を傷つけるかも知れない。」等と考え考え、おっかなびっくり付き合う必要はない。ただ子供と向き合うとき、ネガティブな考えかたではなく、ポジティブな考えと、「だからどうしたの?」という気持ち。「だから、私はこう思うの。」という明確な考えで、子供に対応できると、子供達は前進しやすいのではないかと思う。

小さな小さな上田学園。しかし、生徒達一人一人の個性は素晴らしく、将来どんなに"化ける"のかを考えると、自分の子供だったらどんなに誇らしく思えるだろうと、一人一人の子供達の顔を"うっとり"と眺めてしまう。

今の自分にどう対応していいかわからず、混乱している学生。これからのことを考えると不安で眠れなくなる学生。彼らの問題は彼らが正常な人間だからおこる正常な悩みであり、そんな悩みがある彼らを私は心から「誇りに思う」。

そんな彼らが、自分の悩みからどうやって育っていくのかを、彼らが私達を必要とするときまで、彼らの後ろで、しっかり彼らを見ていこうと思う。

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