●学園長のひとり言  

平成14年7月23日
(毎週月曜日更新)

実践することの難しさ、嬉しさ.

「すみません、私は上田学園の生徒ですが、授業の一環で、アンケートをしています。ご協力して頂けませんか」

「結構よ!」

「あ、そうですか。わかりました。すみませんでした。」

梅雨があけ、毎日暑い日が続いているが今日は特に暑い一日だった。

「商品開発」の授業を通して自分と他人との距離を知り、自分をみつめようという授業で、現在単に「好きです」という理由ではなく、「売れる」と考えた根拠と、その品物をどのように広告をし、売っていくかまでを考慮して、「吉祥寺で2,000円以内で売りたい品物は何か?」を実際にサンプルを買ってきて、その品物を各自が見せ合いながら討議しているところだ。

その授業の中で、学生の一人が「売れる。」と信じ、他の学生が「売れるかな?」と疑問に思った商品について、「一般の方々からご意見を伺いましょう!」という先生の提案で、吉祥寺の駅前で道行く方にお願いして、アンケートをとらせていただいたのだ。

上田学園は小さな学校なので、一人でも学生が休むと上田学園にいる人、誰でもが駆り出されて、アンケートをとらされる。1昨年も他の授業でアンケートをとっていたが、その時は偶然上田学園にいる友達を訪ねて来た中学から不登校になり、ちょっと"引きこもり気味"という学生が強制的に手伝わされ、結構上手にアンケートをとっていたが、今年は私も手伝わされて駅前で「アンケート、お願いします!」と1時間半ばかり生徒達とアンケートとりをやった。

「売れる。」と信じている学生は、自分のためのアンケートなので日曜日も学校に出て、一人で黙々と今日の準備をし、今日は授業が始まると同時に"アンケートのとり方"を全員に説明。準備したアンケート用紙、鉛筆、質問事項、その質問対象になる彼の信じる"売れる物"のサンプル一式を渡し、「お願いします」と頼んでいた。

「午前中の授業、いつもより緊張していたみたいだけど、緊張でお腹でも痛いの?」等と他の学生達に聞かれながら、全員で吉祥駅前に立って調査を開始した。

まず始めに、私と先生がアンケートをして下さりそうな方をみつけて、アンケートを開始。それにつられて他の学生がアンケートをして下さりそうな方をみつけに動き出す。そして、それをアンケートを一番しなければいけない学生が、棒立ちになって眺めている。

15分、20分と時間が過ぎて行く。その中で一人もアンケートのとれない「売れる。」と信じている学生が先生の指導でやっと動き出す。

一人、また一人と、躊躇する気持ちを振り捨てるように、勇気を奮い起こしながら「アンケートをお願いします!」と声をかけている。「やっと答えてもらった。かなりいい人だった!」と嬉しそうに戻って来ては、またアンケートに答えてくれそうな方を見つけに移動する。そんな彼を目で追いながら、今日のほんの小さな体験から彼が何を学び、それがどのように化け、どのような花になるのかと考えると、何だか分らない嬉しさがこみ上げてくるのを止めることが出来なかった。

彼は、不登校でも引きこもりでもない。ベンチャー企業で働くか、上田学園で勉強するか迷ってその土地では優秀な進学校を、反対する親を説得して中退して来たのだ。彼はまだ17歳。だが彼は言う「皆が目指す大学がどういう所か、シーシー(他の学生のあだ名)と一緒にオープンカレッジには行ってくる。だけど、俺は絶対大学には行かない。金儲けがしたい!」と。

親を説得し、周りを説得し上田学園に自分の意思で入ってきた彼も、他の学生と同様、始めのころは上田学園の授業や先生方に随分戸惑っていたようだ。その戸惑いは、時には"意固地"と思える意見に変わることもしばしばだった。それが今日のアンケートになったのだ。

頭の中で考えるのは簡単だ。自分の生きている世界で人を動かすのも大変だけれども、まだそれ程大変なことではない。一番大変なのは、全く面識も何もない人に、その人の得にもらないことを、自分達のためにしてもらうことだ。

「お願いします!」と声をかけて「ごめんなさいね。いま時間がないので!」とか言って拒否されるのは、まだ楽だ。何も言わず手だけで「あっち行け!」と言われることは、嫌な気分になるし、気持ちが萎縮して次の行動を取れにくくする。それでも、先生に励まされるように指導されながら、各学生達は頑張っていた。

アンケートのために吉祥寺駅前に立ったのだ。だからアンケートがたくさんとれることは「彼らの意見が人々に指示されるかどうか」が、ある程度判断できるので大切だと思う。しかし今の彼らにとってもっと大切だったことは、アンケートをたくさんしてもらえたかどうかという数の問題ではなく、彼らが全く面識のない方達に“お願いする”その大変さ、頭を下げることの大変さを少しは理解できたということだろう。そして、こういう体験を通して自分たちが当たり前と思っている、学校の授業料からお小遣いまで、父親や母親がどれだけ頭をさげ、頑張って稼いできているかに気付くことだろう。

世の中で、お金を稼いで生きていくことは大変なことだ。そのために親は子供に見えないところで子供を養うために、親業を頑張ってやってくれている。子供もそれと同じように、親の分らないところで、親の期待にそえるようにと頑張って子供業をやっているのだろう。

無意識か意識しているかは別にして、16歳以上の年齢になっている上田学園の学生達はそろそろ親業の前段階、一人で生きるための準備、親離れをし始め出したのだ。そのためか、ある者は自分の力のなさに恐れを抱き、ある者はあせり、ある者はずっと子供でいようと、あがいている。

子供時代は、早く大人になりたがる。でも「もうすぐ大人ですよ!」と知らされると、子供時代にしがみつく。親や社会の庇護から卒業して自分の世界をつくり、自分で自分を律し、知らない世の中から叩かれながら生きていくことは、大変だ。でも考えて怖がっているときより、例え何時間か腹痛でトイレに駆け込む回数が増えても、やり始めると何とかなるし、人も助けてくれる。また「頑張ってくださいね!」という小さなねぎらいの言葉でも、大きな幸せを感じるという体験をした学生達は、実践することの難しさと同時に、嬉しさも味わえたのではないだろうか。

ほんの少し大変を味わい、実社会を経験し、今日の暑さでグッタリして帰ってきた学生達。でもどの学生の目も生き生きとして嬉しそうだった。

3時からの今日最後の授業、「株」の授業では、今までの株の概論からいよいよ実践練習。コンピュータを使っての模擬売買。

一人3、000万円の予算をもらい、どこの株を買うか、ある者は今までの授業の中で、先生から紹介された「株主優待」の一覧を検討して決める者。ある者はそのゲームが面白いし、社長が交代し、新社長の若さと手腕を信じてとか、ある者は、季節的な理由で値上がりが見込めるとか、色々な情報を集めて決めた会社の株を買い、3ヶ月かけてどのぐらいの儲けがでるのか、コンピュータ上で取引をしながら色々な参加者の中で儲けを競うゲームに入り、「指値(?)がなんたらかんたら」とか「相場全面高(?)がなんたらかんたら」とか、意味は勿論、どんな漢字を書くのかも私には分らないような難しい言葉が、教室中を飛び交い、株の指導してくださる日興の方に「先生の会社の株も少々買わせて頂きます」等と一端の顧客のような口を利き、「明日コンピュータを見るのが楽しみだな!どの位儲かっているかな。夏休みも各自で続けなさいってよ!」等と嬉そうに、夢中でコンピュータに向き合っていた。

目をキラキラさせて受けた今日の授業が終わり、皆が帰った教室で「売れる」と信じている学生が一生懸命、アンケートの統計を取っている。そして彼の後ろで「学園長のひとり言」を書いている私に向かって「先生、不思議でした。今日分りました。服装や髪型がケバイ奴ほど親切でした。人は見かけではないですね。」と、アンケートをとるという緊張感で腹痛を起こしていた彼が、何ともホットした満足そうな声で実践した結果を、楽しそうに報告してくれている。

世の中、評論家はたくさんいる。簡単に意見をいう人もいる。だがどんな小さなことでも、意見を言うより評論するより実践することの方が難しい。実践するには勇気もいる。しかし、そこから学んだことは将来の大きな財産。自分の夢を実現するときの大きな助っ人。上田学園の学生には、学園にいるあいだにたくさんの助っ人をいっぱい自分の中にストックしてくれることを願っている。たとえ、少々腹痛に襲われても。

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