●学園長のひとり言  

平成14年11月6日
*(毎週月曜日更新)

     学校であって学校じゃない不思議な場所

「先生、めちゃくちゃ頭が痛くなるほど話し合ったこともあまりないし、話し合いたいと思った友達にもなかなか出会えなかったし、話をすることが好きな奴にもあまり出会えなかったし、羨ましいな先生の話!」

ヨーロッパの学生は本当によく勉強すること。しかし週末は本当に遊ぶこと。週末になるとワインを持ち寄って「皆で一晩中語り明かすのよ。本当に楽しかったわ」という私の話に、何にでも興味を持ち、何にでも参加したがる学生がポツンと言った。

何かを熱く語りたくても、なかなか熱く語ることをしたがる若者がいないと言う。何か話そうとすると「めんどくせ!」とか「疲れる!」とか言って、会話を続けたがらないと言う。意見の交換で激しく言いあうことは、攻撃と思うのだろう。反対すると、自分を否定されたと思うようだ。若者が熱く語り合うということは今の世の中ないのかも知れないと、彼の話を聞きながら思った。

本当に何も話したくないのだろうか。本当に話すとくたびれてグッタリするのだろうか。体力不足?それとも・・・・・?

上田学園の学生も年齢が下にゆくほど「くたびれた」とか「疲れる」を連発する。なんでこんなに疲れるのか。どうしてこんなにくたびれるのか。上田学園の学生達の顔を思い浮かべながら思わずため息をついてしまった。「あ!いけない。ため息はご法度だった」と思いながら、無意識にした二つ目の自分のため息に自分で驚きながら、それを隠すように思わず口についた言葉は「何とかして皆でゆっくり話せる場所をつくりたいね。色々な人と話すのは本当に楽しいし、激論を交わした日、自分がなんだか凄く大人になった気がしたんだけど・・・・。君達も日一日と大人の仲間入りをしていくんだしね」と。

私には2人の兄がいる。一番上は10歳。二番目は5歳違いだ。共稼ぎの両親の教育方針で我が家には男・女の違いはなく、兄達もお料理、お茶、お花をやらされたように、私も兄達と一緒に柔道をやらされていた。それと同時に年齢にあった仕事が割り当てられ、私が小学校1・2年の頃は一番上の兄がお金の管理と布団敷き。二番目の兄は買い物とお料理。そして私は片付けと庭掃き。

毎晩、兄達が学校から帰ってくるのを待って、3人で晩ご飯の献立を決める。お金を管理していた一番上の兄がまとめ役で、その日の予算で何を買うか3人で決める。献立が決まると二番目の兄が買い物に行く。その間に一番上の兄と私が家の中を片付け、掃除する。そして、兄が布団を敷いて、私が玄関を掃く。そんなことをしているうちに2番目の兄が買い物から帰ってくる。そして、ご飯の仕度が始まる。

2番目の兄がお料理をしている間、1番上の兄は勉強再開。「お兄さんはお勉強で大変なんだ。偉いんだな!」と思いながら、下の兄の指示通り私はお膳の準備をする。そのうち帰宅した父と、8時半頃になると帰ってくる母を今か今かと待つ。

年齢とともに兄達の仕事が私の仕事になり、学校から帰ると急いで母から預かっていた「今日のお金」の中の予算で献立を決め、買い物に行く。急いで帰ってきて食事の支度。準備が終わると、私は勉強をしながら家族の帰りを待つ。8時から8時半に全員揃ったところで、食事が始まる。お金の管理をして父親のような遠い存在に感じた一番上の兄がご飯を食べながら、学校で聞いてきた政治の話や経済の話をする私の話し相手になって、自分の意見をぶつけてくれる。対等に扱ってくれる。その時の何とも誇らしい気持。本当に嬉しかった。

社会人になっていた兄達の仕事が私の役目になり、自分の意見も一人前として聞いてもらえ、自分がすごく大人になった気がしたものだ。そして「もう子供の時間は終わりよ。寝なさい!」とも言われなくなった休日前の食事時間の楽しかったこと。話題も尽きず、一晩中本当によく皆で喋って笑っていたものだ。そしてそんなときには必ずと言っていいほど、兄達の友人達が2・3人一緒だった。

あれから40年も経つが、口角泡を飛ばして激論(のつもり?)を戦わせていたあのときの楽しかった光景は昨日の出来事のように思い出すことが出来る。「あら、もう午前2時半よ。そろそろ休みましょう!」と言う母の言葉で、時間があっと言う間に過ぎていったことに気づかされ、楽しい時間に幕がおろされる。そんな楽しい経験があるだけに学生の言う意味が良く理解できる。しかし本当に今の学生達は、熱く自分の考えを人にぶつけようとしないのだろうか。「めんどくせえ!」「つかれた!」毎日連呼される言葉に、質問したくなる「本当に疲れたの?」「本当にメンドクサイの?」と。

「メンドクサイ!」「つかれた!」を連呼する学生達も、自分の好きなことはどんなに早起きしてでもやる。時間がかかってもやる。遠くても雨が降っても槍が降っても行く。これは何なのだろうかという疑問符がたくさんつく。「話す話題がないのかな?方法がわからないの?」と聞きたくなる。
確かに長い間受験勉強を最優先にして管理されてきた学生達は、他人と話す時間も惜しみ、友達が見ていそうな番組は親が見て、親が話してくれる粗筋で友達の話に合わせ、受験に関係のない作文の宿題などは、親がテーマを考えて粗筋を書き、それに学生が少し手を加え、自分流に書き直して提出しているという。そんなことを「おかしい」とも思わない環境で育っている子供たちに、じっくり自分を語らせようとか、じっくり議論をさせようと思ってもなかなか簡単には出来ないのは当たり前のことだ。

いつかロンドンのAO入試をしている事務局の担当者と話していて思わずその光景が想像できて爆笑してしまったことがある。それは、日本人留学生たちが行くところもないので学校が終わると皆事務所に集まってくると言う。しかし集まって来ても何も話す話題が出ず、それぞれがそこらにおいてある漫画本を読み始め、そのうち誰かが「そういえば、和君がソーホーの近くのラーメン屋に居たんだよね」と言うと、それを聞いた誰かが「あ、そうなんだ。アハハハ」と笑う。次に誰かが「大ちゃんがピカデリーサーカスの近くの本屋で本を買っていたんだよ」と言うと、それを聞いていた他の誰かがまた「へえ、そうなんだ。アハハハ」と笑う。そしてまた今まで通り、黙って漫画を読み続ける。

「上田先生、本当に今の日本人の学生達はどうしちゃったんですか。言葉の貧困、話題の貧困。聞いていて思わず、『お前達、もうチョッと何とか話に落ちがないのかよ?』と言っちゃいましたよ。本当にナサケナイですよね。彼らは人とコミュニケーションをとるということが分っていないんですかね。それとも知らないんですかね。話題を提供することも、興味のある話も興味のあることも全く無いんですよ。英語が出来るとか出来ないとかじゃないんですよね。これだらか留学してきても友人が出来ないし、学校も続けられないんですよ。話を皆で揉んで味を出すことを知らないんですよ。小学校から英語なんか導入しなくていいですから、しっかり日本語を教え、自分の意見を言える人間をつくることの方が先決問題なんですがね」と。

人間大好き。他人大好き。自分にも人にも興味があり、小さいときからどうやって話の輪に入って話そうかと、隙を狙って、チャンスが来ると一生懸命話していた私には、海外だろうが日本だろうが、言葉が出来ようが出来まいが何しろ「おしゃべりさん」で、そのうえ兼好法師ではないが「言いたいことは絶対言いたい!」人間であり、どうぜ笑うなら思わず笑いたくなる話題で心から「ギャハハ」と大声で笑っていたい人間なので、その話を聞いたとき本当に話題のないことで笑えることに、私は思わず笑ってしまった。

確かに、上田学園の学生達も入学したてのころは本当に話題がない。話題がないというより、他人に興味があまりないようだ。しかし、そのうちに授業の中で、先生達との交流の中で、それぞれがそれぞれに興味をもちだし、また共同作業の中で、お互いの意見交換も盛んになり人と話すことを楽しみだす。それでも「疲れた!」と「めんどっちい!」という言葉は、よく出てくるが。

これを書いていて気が付いた。もしかしたら「くたびれた」と「めんどっちい」は、「なんと言ったらいいか分からないよ」「何をしたらいいのか分らないよ」「なんて返事したらいいのか分からないよ」「どうやって問題解決したらいいのか分からないよ」「自分をどうやって表現したらいいのか分からないよ」等という言葉の言い換えなのではないのだろうか。もしかして、私の知っている「共通日本語」の意味ではない「学生用語」または「若者ことば」ではないのだろうか。それも「分らないから困っているんだ。馬鹿にされたくないし」という意味付きの。

学生と話していてつくづく考えた。絶対「学校であって学校じゃない不思議な場所」をもっと実戦できる学校にしようと。

学校は、知識や評価をつける場所ではない。人としてどうやって生きていくのかを学ぶところだろう。そのために、色々な人たちが交差して色々な知識が交差して、色々な知恵の花を咲かせることを学ぶところだろう。そのための交差点のようなところだろう。

「学校であって、学校じゃない不思議な場所」の交差点で、色々な人たちが交差し、色々な知識が交差して、その中で学生達は自分の意見を持ち、もっともっと自分にも人にも、色々なことにも興味がわき、そして自然と人と話したくなる。今はこの小さな上田学園のスペースを利用して、色々な素敵な方々が先生として出入りしてくださっているが、もっと充実させていこうと思う。そのために頑張っていく。学生達も、素敵な話相手をみつけられないと嘆くのではなく、「素敵な話し相手がここにいた!」と言ってもらえる人間になるよう努力して欲しいと願っている。

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