●学園長のひとり言  

平成14年12月10日
*(毎週火曜日更新)

真珠の涙と、真珠のことば!

上田学園は現在16歳から22歳の出身地の異にする6人の学生で構成されている。その6人の織り成す毎日は本当に目を見張るものがある。

先日も大声で話し合う学生達の声がドアの外まで洩れて来た。そのドアを、新しい大家さんとの打ち合わせから戻った私が開けたとたん、一瞬に静寂が部屋の中を走り抜け、緊張した面持ちの12個の目に見つめられた。

思わず「失礼しました!」とドアを閉めたくなった自分を無理やり押さえつけるようにして、1人黙々と授業の準備をしていた日本語の先生の前にコソコソっと座った私を見届け、再び大声で学生達が話し始めた。

各学生の言葉はいつになく厳しい。答えを聞かなければ絶対引き下がらないという雰囲気なのだ。今回は絶対オチャラケで笑わせて問題をうやむやにはさせないという緊張した雰囲気なのだ。こんな雰囲気は上田学園が開講してから2回目だ。1回目は3年前くらいに先生を巻き込んで。そして今回は生徒同士だけで。

問題が見えない私は黙ってその夜から始まる日本語クラスの書類の整理を始めた。

「何回約束を破ったら気が済むの?」「旅行の準備、まだ出来ていないじゃないか」「時間が迫っているんだよ。宿題をちゃんとやってきてくれなければ授業が進まないし、『出来ない』とか、『分らない』と言ってくれたら手伝うこともできるやないか」「自分だけと思っていることが、皆に関係するし、迷惑をかけていることも分っている?」

そこまで聞いた私は彼らが今真剣に話していることが「宿題」のことであり、「プロジェクト」を遂行することで起こる各自の「責任」のことであり、「旅行」のことであることが分った。そして、フット目の会った学生の頬にたくさんの涙があった。

嬉しかった。とっても嬉しかった。一生懸命問題を解決しようとする学生達一人一人の真剣な表情に心が躍った。自分たちで問題を解決しようとする気持が嬉しかった。どうでもいいところで必要以上に他人の目を意識して、必要以上に自分の心を縛るのに、大切なことや普通のことでは、全くといっていいほど自分以外のことに"関心を持たなさ過ぎる"ことが気になっていた。自分1人が休むのだから「他人には迷惑をかけていない!」と思ったり公言したりすることは大間違いで、自分の行動はどこかで他人と繋がっていることをきちんと理解して欲しいと常に願っていた。今生徒同士がそのことを指摘し、「僕はちょっと勘違いしていたかもしれない」という答えが学生の間からポツンと飛び出した。

私は泣いて問題が解決するとは思わないが、学生達の涙はなんと綺麗な涙だろうと思った。友達の前で泣けることは良いことだと思った。それはきっと自分を擁護するだけのために意固地になる彼らを見ていて「若いんだからもっと素直になって人の意見を聞いたらいいのに。そんなところで頑固になることはないよ。そんなに我慢してツッパテいなくていいのに。泣いてもいいんだよ。気持を押さえなくてもいいんだよ。もっと素直に自分の感情を表していいんだよ。恥をかいてもいいんだよ。恥から学ぶことがたくさんあるのだからね。私たちは神様じゃないんだから、間違えるのは当たり前なんだよ。でも間違いからたくさん学ぼうね。間違いを恐れて実践する前に否定することはやめようね。"実戦する勇気"が若者の特権だと思うし、間違いから学んだことは書物から学ぶより重い体験になると思うし、重い意味をなすと思えるだけに、その学びから返ってくる恩恵は計り知れないものがあると思うからね。」と、ことある毎に口に出していたからだろう。

個性も年齢も出身地も全く違う上田学園の学生達は、ダイヤのように華やかにキラキラした子供たちではないが、彼らの涙と彼らの言葉は真珠のように清楚で初々しく、例え色々な問題があったとしても人間としての彼らは「素晴らしい!」と内心感嘆せずにはいられない何かがあると思えた。またそう信じられた。

彼らが何かを感じ、実戦し、お互いに影響しながら変わろうとするチャンスは絶対つぶしたくないと考えていた私は、その時も「また素敵なチャンスが来た!」と感じ、徹底的に皆で話し合ったらいいと考え、お邪魔な私は早々に退散することに決め、学生達が真剣に話し合っている横で日本語の授業の準備をしていた先生を誘い、いつもの時間より早めに事務所を出た。

「上田学園の学生達は男らしくて格好いいですね。彼らの話をずっと聞いていたのですが、上田先生のお気持が分りました。今日の彼らには惚れ惚れしました」という先生に「そうなのよね、彼らは本当に素敵よね。毎回何か素敵なものを見せてくれるので、『頑張らなくちゃ!』と思わず自分に言っちゃうのよね。私の気持、解ったでしょう?私は贅沢よね、こんな素敵な子供達と一緒にいられて!」と相槌をうちながら"私は本当に幸せ"という思いと、何とも誇らしい気持と暖かい気持につつまれ、ついついほころんでしまう口元を引き締めるのに苦労しながら、ルンルン気分で駅に向かった。彼らなりの真剣に重たい話し合いをしている学生達を後ろに残して。


バックナンバーはこちらからどうぞ