●学園長のひとり言  

平成15年3月4日
(毎週火曜日更新)

 春の陽だまりの中 

柔らかな春の陽射しがさしこむ暖かい教室。再開された上田学園の学生達が教える日本語クラス。ヨーロッパ人の学生達が楽しそうに賑やかに勉強している。教室の外の陽だまりでも雀達が楽しそうに賑やかに遊んでいる。穏やかに幸福な時間が流れていく。

ふっと一人の学生の顔が曇る。彼は今大きな不安の中にいる。今年卒業する学生だ。

彼は不登校生でも何でもない。早稲田大学に通う普通の学生だった。ただいつもこのままこの学校にいていいのだろうかという思いがあり、悩み、大学を辞めて上田学園の学生になった。

ぬるま湯につかっている自分ではなく、一人でも逞しく生きていける自分をつくろうと入学してきたはずの彼ではあったが、普通に受験勉強をし、一般的な学生のように頭から足のつま先まで"受身の教育"にドップリと浸かっていた彼には、マークシートにマークをつけるだけの答えは要求されず、何でも自分で考えさせようとする上田学園の授業は大変だったようだ。

平面的なコミュニケーションがコミュニケーションだと信じ、それ以上を要求されない世界から、しっかり自分をアピールするために人の話しをよく聞き、理解し、判断し、それを元に明確に自分の意見を言い、考え、また表現していくという作業が出来ない自分を持て余し、右往左往していた。

多人数の生徒達の先頭にたって先生方が何でも組織して動かしている学校から、仲間が少なく自分たちが率先してやらなければ何事も起こらない学校で、仲間として上田学園の学生達の気持ちをまとめ、心を一つにして何かを仕上げることが出来ず、また説得もできない自分にイラダッテいた。

そんな彼を、あるときは叱り、あるときはじっくり話を聞き、あるときは激励し、あるときは慰め励ましながら、「ほんの少しでいい、今の状態から前進してくれたらいい!」と願い、私達大人達も、毎日苦しんでここまで来ていることを話し、苦しんでいるのは彼一人ではないことを気付かせてきた。

しかしこの2年間、公私共に大変なことが次から次ぎへと彼の上に起きていた。その度に落ち込みながら、彼なりに何とかそこから這い上がり、自分の傷を自分で拭おうとしていた。そして今、彼は自分が変わらなければ何も変化をしないことを認めようとし、少し自分を変えて自分のテンポでなんとか自分の道をみつけようと、自分の将来に向かって動き出そうとしている。

彼にとっては辛いことが多かった時期を何とか通り越しやっとたどりついた今だけに、上田学園を巣立って次のステップに踏み出すことは、自分で気がつかないくらい大きな勇気のいることなのだろう。だから行動がなかなか思いと同じにならないのだろう。しかし、今の彼は社会からいっぱい叩かれながら成長していく時期にきている。それは本人も自覚し、そのように振舞おうと自分を鼓舞している。

上田学園が新しい場所に引越し、今までと違った展開をするのが見え、今後の上田学園が今まで以上に発展し、自分が在籍していたときには経験出来なかったような充実した学校になるかもしれないという思いが、卒業していかなければいけない事実に目をつぶりたくなるのだろう。

だが、どんなに後ろ髪をひかれても、将来がどんなに大変か想像出来ても、それは想像の範疇の中のことでしかなく、実際は大きく違うはずだ。だからこそ実体験をし、事実を事実と素直に受け止め、それをプラスに変える。そんな逞しさを身につけて欲しいと願うのだ。

卒業まであと一月。どんなに怖くても彼には前進して行って欲しい。そのために、おそるおそる上田学園を卒業する準備をし始めている彼を、彼の後ろから何も言わずに黙って見ているところだ。きっと一人で歩き出すと分るから。

「頑張れ!頑張れ!一生懸命頑張れ!君という人間はこの世界に君しかいない。だから君の人生のために、いまこそ勇気を持って自分の道へ進んで行こう。きっと『やってよかった!』と思える日が来るから。今の君なら、必ずそんな日を自分の手で勝ち取ることが出来ると信じられるから。頑張れ!頑張れ!君の応援団はいつもここにいるから!」

 

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