●学園長のひとり言  

平成15年4月2日*

(毎週火曜日)

 恐怖と言い訳!

「わあ、面白い! ね、ね、この次どうなっちゃうの?次が聞きたいな!わあ、残念。これでお終い?」

先生や生徒達の感嘆の声で、秋学期最後の授業が終わった。彼の最後の授業が先生や皆の称賛の声で彩られていた。

彼は2年間本当に苦しんで先生の授業についていった。
先生の言葉が理解できないと自分に苛立ち、その苛立ちを「僕は分りませんから、先生選んでください!」などと投げやりな調子で先生にぶつけた。そしてその度に、先生にそれを指摘され、渋々補足したり、やり直したりしていた。

自分達で話し合ってテーマを決めてやる授業だが、資料探しで図書館めぐりをし、何冊も本を読み、ネット検索をしたりと忙しく宿題をこなしていく中、授業を受けたくない日もあったろう。本を読んでもまとまらず、経過報告の出来ない日もあったろう。その度に、「恥ずかしい!」という思いや「俺はこんなに無能なのか?」という惨めな考えが彼の気持を押しつぶし、素直に先生の言葉を受け入れられない原因にもなっていただろう。それでも彼は自分の気持ちを堪えて授業に出続けた。そして彼は残り最後の2回の授業で先生を感激させ、うならせるという結果まで出せるようになった。

「あんなに大変で嫌だったのに、この1ヶ月くらいから何時間下調べしていても、何時間まとめのために文章を書いていても、飽きないし、眠くならないし、面白くて面白くて夢中でやっていて、気が付いたら朝の4時なんていうこともありました。最初のころのことを考えると、自分で自分が信じられないほどです。偉人なんか調べていて『なんでそこまで悩まなきゃならないんだ?どうでもいいそんなことで、どうしてそこまで突っ張るんだ?』と本人に聞いてみたくなると同時に、まるで自分を見ているような気がして、なんだか恥ずかしくなって、反省させられることが多かったです。」

こんな感想を述べた彼の顔は、今までに見たことのないほど晴れ晴れとした明るい素直な顔をしていた。そして、そんな彼を見た先生方が「どこがどう変わったとはハッキリ説明出来ないんですが、彼は素敵になりましたね。それに何気なく立っている姿が何だか誇らしげですよね。彼ってこんなにハンサムでしたか?」と目を丸くしていた。

そうだろう。彼にしたら今の彼がどんなに誇らしいことか。勿論これからが第1歩だが、分らない、出来ない、知らないということを認めることからはじまったこの授業、彼にとってはまずここまで来るのが大変だった。でも彼はやり遂げた。それだからこそ、今までの彼の努力を称賛し、上田学園を卒業して留学資金を貯めるために仕事を始める彼を、色々な方々が後押しし、応援してくれようとしているのだ。その方々の思いが彼に反映して、今まで以上に彼を輝かせているのだろう。

上田学園はほんの5年半前に産声を上げたばかりだ。しかし、どの学生もどの学生もしっかり自分をみつけて自分のテンポで、自分の道に進んでいる。それが私には、嬉しい。確かにそのテンポはバリバリ進んでいる方々には歯がゆいほど鈍い歩みかもしれない。しかし、2年前の彼、1年前の彼、そして一ヶ月前の彼と比べて、その歩みの速さ、変化に親御さんも含めて毎日見ている私達でも驚くことがあるほどだ。

学生によっては上田学園に来る前に、何年も引きこもっていたり、色々な学校を一週間行っては止め、一ヶ月行っては止め、また他の学校に入りなおすことを何年も繰り返していた学生もいる。引きこもりでも不登校でもなく、通学していた高校や大学を止め、自分で希望して上田学園に入って来た学生もいる。その彼らが、何はともあれ「上田学園にお願いしてよかった」とか「この10年間の私達夫婦の苦しみは何だったんでしょう。毎日バタバタと支度して嬉々として学校に飛んでいく息子が信じられません」とか「上田学園に入学することを反対しましたけれど、本人の気持を尊重して今はよかったと、息子の明るい顔を見ると心から思います」等と、どの親達にも納得してもらえるほど確実に成長している。

自分の道をみつけて進んでいくのは大変だ。自分の道をみつけるために、どんなに勇気がいることか。知らないことや、不安を押し殺して「やれるだけ、やってみよう!」と自分で自分を叱咤激励しながら進んでいかなければならないのだ。不安を不安として目をつぶって言い訳ばかりしていても、問題の先送りをして、一時的に自分を欺いているだけだ。

上田学園は春学期の学生募集をしている。それに応募しようと色々な方が訪ねて下さる。そして親御さんもご本人も、長い間家に引きこもっていたから通えるか、体力がないので毎朝起きられるか、人が苦手なのでうまく皆とやっていかれるか等ということを心配される。

上田学園の学生達も入学して来たときは、同じように心配していただろう。それと同時に、今何とかしなければ社会からおいていかれるという不安と、色々な理由をつけて問題の先送りをしていても、年齢があがればあがるほど、その問題がモンスターのように大きくなって自分に襲い掛かってくるという現実があることに気付き、それに対する恐怖に近い気持と戦って入学を決めたはずだ。だから、なんだかだと言っても自分の方向をみつけていくのだろう。

自分の知らない世界に行くのは大変だ。でも、誰でもが一人の社会人として、一人で生きていけるようにならなければいけない。親や兄弟は、いつまでも自分達を保護してはくれない。その為に不安や恐怖と戦いながら自分にとって一番いいと思えることを選択する勇気は、人生が終わるまで必要な生きるための「道具」だ。私は面接をするたびに「今勇気をだして選択したら、人生が変わり楽しくなるのに」と思うことが度々ある。しかし、上田学園では本人が「入学したい」と思わなければ無理強いをしたいが、しないことにしている。無理強いすると、問題が起きたときに「無理に上田学園に入学させられたから悪いんだ!」等と、何が原因で問題が起きたのか考える前に、他人のせいにして問題の先送りをするだけだろうと思うからだ。そんなことがして欲しくて上田学園があるのではない。だから無理強いはしないのだ。

上田学園の3年目を選択した学生がいる。彼は今年卒業予定だったが、悩みに悩んで卒業をもう1年のばし、来年出来たら英国の大学でフードサイエンスを学びたいと言う。

大学に行きたい、学びたいと思わない学生が大学に行くことはないと考えている私は、進学することに関しては相談にはのるが、すべて学生に任せ、大検を受験したい学生にたいしても、学生同士で助け合って教えあうことを提案し、実際大検1ヶ月位前から授業開始30分前と授業後に30分位、学生同士で教えあい、大検に合格しているので、全く学校としては受験のための特別授業はしていないし、それでいいと考えている。本当に勉強したくなったら、ほっておいても自分で勉強をしていくからだ。また、上田学園では本当に勉強したくなるような授業内容にしているつもりでもある。

3年目の継続を決めた彼に関しては、大学に行ったらいいのではと考えていた。なにしろ、彼は大学入学のための特別授業をしなくても、"天然"に頭がいいし、勉強の仕方を知っている。その上、彼が自分の意見を言っているときの、その根拠になっているものの正確さに驚かされることがある。しかし、彼自身は、それに全く気がついてはいないが。

彼の知識の多さは他の学生から「百科辞典の代わりに、一家に一人欲しい知識人」と評されたほどだ。実に色々よく見ているし、知っている。ただ、人の前で自分の意見を理論的に説明することは苦手のようだが。

学びたいものをみつけた彼は、体重を4キロも減らしながら悩みぬき、上田学園での勉強を継続しながら英国の大学に入学する準備を1年がかりですると決めた。「先生、もう1年在籍していいですか?」と許可を貰いに来た彼の顔は、今までには見たことがないと思えるほど、穏やかな優しい表情をしていた。

今回のことは、彼にとって大きな決断だったろう。でも、勇気を持って結果の分らないことにチャレンジしようとする彼を、出来る限り応援していくつもりだ。

人間が何かをする場合「Good Timing!」と言える時がある。しかし、残念なことにその「Good Timing!」はいつでも存在するものではない。どんな大きな不安があっても、どんな大きな恐怖心があっても、今一番自分にとっていいと思えるものを選択して、ほんの一歩、勇気をもって前進して欲しいと願っている。ほんの少しの前進でも、時がそれを大きな前進に変えてくれるはずだから。そして、あきらめずに一生懸命努力して欲しいと願う。その努力が大きな喜びを確実にくれると思うからだ。

今日は春休み。学生達はコンピュータの配線や、郵便箱や自転車置き場を作るために、皆で出てきてワイワイ賑やかにやっている。どの学生の顔もほんの1週間前より、リラックスしたいい表情をしている。そんな彼らの間を飛び交う面白い会話に思わず爆笑しながら、こんな楽しい雰囲気の中に新しい学生さん達を迎え、どんなことでみんなと笑いあうのかと、想像するだけでもなんとも幸せな気分になり、新学期の準備にも弾みのつく大忙しの一日をすごしている。

 

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