●学園長のひとり言  

平成15年7月01日*

(毎週火曜日)

学ぶ環境

「上田先生、先日は本当にたすかりました。突然の相談に乗って頂いて、ありがとうございます。ところでまたしても新人が一人辞めていきました。結果を出せない者に対する厳しさと、その厳しさを作る会社という場所がすこし恐ろしくなりました。「これだけ頑張ったから・・・」という言い訳が通用しない空間は、学校では味わったことの無い緊張感で満たされています。
「頑張って駄目なら仕方ないじゃん」って思っていましたが会社から見ると、そういう意識は「失礼なこと」で甘い意識であるようですね。100%できて当たり前、プラスアルファがクリエイティブなのだと何度も言われます。他の新人に比べるとあまりにもほめられすぎているので逆に怖いですね。あとすこしで2ヶ月が経ちますが気持ちをリラックスさせて望んでいこうと思います。
また報告します。先生とまたご飯を食べに行きたいです。おやすみなさーい。」

こんなメールが卒業生から来た。彼は今年の3月に卒業していった学生だ。私は社会人一年生として頑張っている彼を、他の卒業生同様誇りに思っている。それは就職にしろ、大学にしろ、専門学校にしろ、全部学生達一人一人が、自分の手で努力して勝ち取っているからだ。

上田学園に就職課があるわけでも、大学進学の特別指導をしているわけでもない。学生達は上田学園にいる間に、一人でなんでもするように指導され、大きな不安で心が押しつぶされそうになりながら自分一人でふんばって、頑張って、努力して、自分の道を見つけ歩んでいる。そんな学生達を私は尊敬せずにはいられないのだ。

彼らが初めからそうだったわけではない。色々な理由で、色々なバックグランドをもった個性も、学力も、実力も、性格も、年齢も全く違った学生達が、上田学園という場で出会い、先生を職業としていない方々を先生にお願いし、この社会で一人で生きていくのに、何が自分に足りないのか、何をしなければいけないのか、何をしたいのか。そのしたいことをするのに、何を学び、何を身に付けなければいけないかを授業を通して自覚させられる。そして、一皮も二皮もむけてやっとなんとか自分が何様で、何がしたくて、何をしなければいけないのか等を自覚していくのだ。

自覚するまでには、勿論各生徒によって違うが、毎日毎日戦争だ。反抗あり、抵抗あり、反発あり、本当に色々なことが、これでもかこれでもかと起こり、それを通して、学生達のやりたいこととやれること。発言していることと行動の差がちじみ、周りを見る余裕と、自分を客観視する姿勢が出てきて、少しずつ前進を始める。

上田学園に入学を希望する子供達は、それなりに自分の考えがあり、一般的な教育を拒否してきた子供達だ。しかし、実際に上田学園に入学し勉強が始まると、自分のことを自分の言葉で話すことの難しさ、自分で問題を探したり、自分で疑問を持ったり、自分の考えに対して自分で答えを出す。そのために必要な資料を集める、分析する、不要な情報を捨てる、残ったものから推測し考える、まとめる。この作業が全く出来ないのだ。

自分の答えをしっかりまとめることと、自分勝手に答えることの違いが理解できない。自分の意志で“何かをする”の意味が、自分のやりたいことしかやらない。その自分のやりたいこととは、自分の出来ることで、ちょっと苦手であったり、想像して自分には出来ないだろうと思ったことは、やりたがらない。

彼らの過去は親や教師に指示されたことを、いかに指示通りに出来るかの競争だった。その“習性”が抜けないのだ。指示されないことは、どうやっていいか分からず、全く手も足も出ないようだ。

上田学園の学生達を見ていると、本当に上田学園でお預かりしてよかったと考えることが多い。このまま大学生になり、社会人になってもクリエイティブな仕事が出来ず、しかし自分の“ご都合主義”で、「そんな仕事やりたくないんです」とか「もっとクリエイティブな仕事をやらせてください」等と、自分の現実から程遠いことを言う社会人になっていたのではと、想像出来るからだ。

昨日上田学園の在校生8名のうち、5名がタイに出かけて行った。
リーダーの学生は、タイの日本語科の学生達と交流しながら、物価が安いことや、セックス産業ばかりが強調されているタイとは違う素顔のタイ。素朴で優しい一般のタイを知って大感激した自分達のあの思い出を、タイ旅行を考えている方達にお裾分けしたい。その気持ちを授業にぶつけ、授業の一環として企画された「タイ旅行」のリーダーとして、5名のうち3名の学生が11月にお客様15名引率して行く予定だ。その打ち合わせを兼ねて急にバタバタと出かけて行ったのだ。

出かけて行くまでに時間があったが、上田学園は「在学中にてんこもり失敗すること。その中から学び、失敗から生還することを体験して、打たれづよくなること」を一番の大切な授業と考えているため、自分達で考え、自分達で交渉したり決定させたりしている。

許可をもらわなければいけないことなどがある場合も、自分達で考えて欲しいということで、学生達から言い出すまで、私達からは何の手当てもしない。するとすれば、学生達から言い出すように仕向けるだけだ。そのため、彼らが全部自分達で話し合い、下見に誰が行くのか、予算は自分達で出すのか、学校から貰っている予算の“自分達の活動費”を使って学校から出してもらうのか。出してもらうなら、何をどういう理由で出してもらうのか。全額にするのか、部分的にするのか。残る学生の同意も含め、全員で話し合い、考えて決めなければならない。そのリーダーは、勿論タイ旅行のリーダ−がしなければならない。

しかしタイからの返事が遅くて動けなかったとか、他の授業の宿題に追われていたとかで、航空券を安くかえる時期が過ぎそうになってあわてて準備をし、出かけて行った。そのために、上田学園の先生達の許可が後回しになってしまい、授業を休講にして頂き、補講授業に振り替えていただくのかも決めずに、残った者達が先生達に謝罪をしなければならないという置き土産をおいて、出かけて行った。

上田学園の子供達には、世界がいつも自分達を中心に回っていると思ってはいけない。“一期一会”今日の授業が来週もあると思ってはいけない。先生達は現役の仕事人。いつ転勤命令がおりるかも、いつ海外出張が入るかも、いつ上田学園のための時間がとれなくなるかも分からない。だから授業が受けられることを毎回“チャンス”と考え、真剣に聞いて学んだほうがいいと言っている。

しかし、彼らが住んでいた社会、学校も家庭も常に彼らを中心に回っていた。子供達を取り囲む社会だけは、時間の流れも、社会の変化も、状況変化も全く計算せず、「やりたくなったときがチャンス」という意味のなかに、やりたくなったときに、「やったらいいのに」と思ったときと同じ状況や状態があると思い込んでいる。だから、自分達が来なければ皆が待ってくれるだろうと無意識に思ってしまうのだろう。

自分の思った人生を満足いくように生きようとする人達は、チャンスの来るのをのんびりと待ってはいない。チャンスの先取りをして、チャンスが来たときに直ぐその波に乗りながら、次のチャンスに向けて準備を始めている。そのことに関して、子供達にきっちり教えている人は少ないと思う。私はそれを教えたい。いや、教えるのではなく自分達で気が付いて欲しいと考えている。

また、残る人間も行く人間も、それぞれが一緒に仕事をしていると共同責任があることを知って欲しいと思っている。そのため、残るからのんびり出来るのではなく、残る人間にしか出来ないことをやってもらうように一週間分の仕事の分担が割り当てられた。そしてその中には、どんな理由があったとしても一番初めにしなければいけなかった「先生の授業に関しての交渉」をしなかったということへの、謝罪が入っている。そのために、残った2人の生徒が緊張した面持ちで先生がいらっしゃるのを、今か今かと待っている。

上田学園は、日常起こる“取るに足りない”と思われることも全部“授業”と考えている。字は書けるが手紙が書けないとか、計算は出来るがこの人数でどのくらいの量の食料を買わなければいけないのかの計算が出来ないとか、これを作るために人数が最低何人いて、そのためにやりたがらない人間を説得してやらせなければ期日に間に合わないが、説得するのが苦手で出来ないとか、そんなレベルの問題が起きないようにしておきたいと考えている。

各先生のご意見も同じではないから、それが世間であり、それが社会であり、その中をどう自分達のお願いしたいことを理解してもらい、納得してもらうのかを学ぶのには、最高の環境だと考えている。そのために、あるときは生徒の前で先生に頭を下げることも、また先生からのリアクションをそのまま生徒達にぶつけ、生徒達が緊張で青い顔をすることもある。しかし、それが社会なのだ。それが生きていくということなのだ。こんないい教材はないと考えている。

タイ組みは来週の火曜日の早朝に成田に着き、そのまま学校に直行で授業に出席すると言って出かけて行った。そのために、出かける前のあわただしい時間の合間を縫って、一生懸命宿題を終わらせていた。

夏休みを利用して今回の旅費を働いて親に返すことも約束していた彼らの今回のタイ下見ツアー、拙い英語を駆使してホテルの交渉をしなければならないし、タイの大学の先生方との会議もある。

全員が全員、上田学園の企画に賛成ではないはずだ。その先生方に対し、自分達の考えを自分達の生の言葉でどう説明し、納得していただき、どんな“約束”を結んでくるのか、とても楽しみにしている。そして、そんなチャンスをもらえる彼らの環境と、そんな彼らを受け入れ対等に話を聞いて下さる方々に感謝せずにはいられない気持ちでいっぱいだ。

 

バックナンバーはこちらからどうぞ