●学園長のひとり言 |
平成15年7月17日* (毎週火曜日) 僕を説得しなくていいよ、 タイからの帰国組みの中で新入生の二人が「タイでお腹をこわしました!」と1週間休んだ。海外旅行でも先輩の二人と学校の近くに住む新入生の一人の3人は、帰国したその日からタイでお世話になった方々にお礼のメールを書いたり、旅行担当の先生に出す報告書をまとめたり、忙しそうにしていた。そして今日久しぶりでタイに行った全員がそろった。なんだか嬉しくなる。賑やかにワーワーと楽しそうに授業を受けている彼らにホットする。 ホットしながら、彼らをもう一度改めて眺めてみるとタイ旅行のリーダーの“ナル”の顔が大人の顔になっている。思わず「ナル、いい顔になったね。大人の顔になったわね!」と言う私に、恥ずかしそうに「いや、僕まだ子供です」と言う。 他の学生を見る。一番小さな“大”の顔は、いつもの「大ちゃん」の顔をしている。ただ違うのは何回見ても大ちゃんの髪はミュージカル“キャッツ”に出て来る猫ちゃんスタイルなのだ。思わず頭をなでなでしたくなる。 タイで色々あったようだ。そのために落ち込んだ学生もいた。責任を感じた学生もいた。でも毎日何かあるのが当たり前。何もなく穏やかな一日が過ごせたら「有難い!」と言って感謝したほうがいい。まして長い人生を生きて行くための基礎作りをしている上田学園の生徒達には、学園に在学している間に出来る限り社会から叩かれ、つぶされ、そして這い上がってくることを学んだほうがいいと考えている。しかしそれが理解出来るようになるのには、もう少し大人にならないと分からないだろう。それまでは、彼らを取り巻く周りの大人がそんな経験が出来るところに彼らを意識的に放り込むしかないと考えている。 現在の彼らは「特別に面白いことがない!」と言って嘆き、何か起こるとびっくりして泣き言を言う。「俺達はもう大人っす!」と言って何でも分かったふりをしながら、保護されることを当たり前と考えている。有難いことに、それでも上田学園の学生達は毎日少しずつ大人になっている。それと同時に自分をアピールするため一生懸命自己主張をし始めている。髪を染めたり、洋服を破いて自分流にしたり、自分流の言葉で何かを表現したりしながら。時々その主張が空回りすることはあっても、一生懸命あがきながら自己主張し、世間と自分の意識の差を確認し、無意識に少しずつ軌道修正している。そんな彼らを「健全でいい」と思って見ている。叩いてくれる世間にも感謝してしまう。 タイの大学で持たれた日本語の先生方とのミーティングの中でも、「染めた髪では来ないで下さい!」と日本人の先生から言われたようだ。日本を代表して日本語を教えているという自負の念が、そう言わずにはいられなかったのだろう。また、絶対自分達に迷惑のかからないようにして欲しいとも言われたようだ。そんな先生達の言葉を受けて彼らが日本から赴任している先生方には絶対ご迷惑をおかけしないようにと、旅行計画を調整している。どんな調整になるのか、その報告を楽しみにしている。 上田学園の学生達は色々なことを色々な方法で表現してくれる。その表現方法は今流の今時の子供達と同じかもしれないが、それにプラスされるように頭だけで考えていた彼らが、体で体験することを恐れなくなり、体験を生かして頭を使って考えることを学び、頭でっかちの“宇宙人的人間”から“地上人”になってくる。それに今もう一つ大きなプラスが加わろうとしている。 5月から新しい授業が加わった。「どんな意見や案を出していいんだよ。君達そのものが面白いし、君達の考え方が面白いんだから。僕を説得しなくていいよ、絵でも文章でも、言葉でも色でも何でもいいから、僕を納得させてくれよな!」と先生は連呼する。そして学生達が出してくるアイディアを通して、“説得すること”と、“納得させること”の違いを学生達は学びだしている。それは正に上田学園の学生達に学んで欲しいと考えていた課題の一つだ。 親や教師なども含め、今子供達を取り巻く大人達は、子供達に納得してもらうことをしない教育を長い間してしまった。あらゆることにたいし、子供達の五感を通して「なるほどね、納得したよ」と言えるような体験をさせることを省き、頭でっかちの“宇宙人スタイル的な人間”を生産してしまった。その結果、頭と行動が一致せず、悩み苦しんでいる。そんな子供達に対しても、彼らを取り巻く大人は未だに「貴方はこうだから、こうなのよ」と何となく説得し、体で納得のいくような体験をさせる前に、頭で納得させてしまう。まして大人が自分の実践を通して納得させることは皆無といいたくなるほどしていない。勿論、子供達に体験させて納得させることはもっとしない。子供達はいつまでたっても悩みから抜け出せない。正に大人のエゴによる“過保護教育”そのままなのだ。 自分の存在価値、自分の行動、自分の考え等に対し、人は往々にして「俺を理解してくれ!」と言葉で説得しようとする。確かに言葉も大切だし、それも人に自分を理解してもらう大切なスキルだと思うが、現代はそればかりが選考しているように思う。それも一方的な説得で相手を黙らせる。正に今までの教育が合理的に教育するために一番簡単な方法として子供達に意図的に植え付けた訓練方法で。 しかし自分の行動や考えに関して分かってもらうには、言葉で説明する“説得”ではなく、行動や作品などを通して「なるほどね!」と納得させなければいけないことの方が多いはずだ。しかしそんな教育は重視されず、そのために、“説得すること”と“納得させること”の違いも知らず、ただただ「この通りにやっていればいいんだ!」と、説得されつづけてしか成長してこなかった子供達には、自己主張が始まっても、何か問題が起きても、行動の伴わない、実のない説得をしようと虚しい努力をして、自信をなくしてしまっているように思える。 私は子供達に知って欲しいと思う。世の中自分の思う通りにならないし、反対を述べる人、不愉快に思う人、いろいろな人がいることを。また、それが当たり前であり、その人達を自分の思う通りに動かしたいなら、自分の行動を見てもらい納得してもらうことも大切なことを。 今上田学園の子供達は色々な授業を通して人と自分の違い。自分を認めてくれないこと、求めてくれないことを体験しながら、その中でどう自分達をアピールし、認めてもらい求めてもらえるようにしようかと模索している。そんな彼らがどう変化していくか、私の楽しみがまた一つ増えた。 今日は7月17日。上田学園のご近所に住む俳優の佐野史郎さんがお話に来てくださる。どんなお話をして下さるのか分からないが、一度お話をさせていただいたが、上田学園の先生方とは違った何かを持っていらっしゃる方。上田学園の生徒達には大きなビタミン剤になるだろうと、楽しみにしているところだ。 |