●学園長のひとり言  

平成15年7月22日*

(毎週火曜日)

投資と投機

悲しい事件が多発している。どの事件を見ても、どの事件を聞いても心が押しつぶされる。子供達に何がおこり、どうなってこんな事件を起こしたり、巻き込まれたりするのかと考えると、「少年法」に守られた彼らについての正確な情報が入ってこないだけに、心配になる。また、同じ轍をふまないようにしようと、その事件から学びたくても学べない。

身の丈にあった考えや生活が出来ない大人たちに囲まれ、身の丈以上のことを要求され続けて来た子供達。

「私の子供だから、このくらいでちょうど。よくやっているわ!」ではなく、「私の子供だから、こうなっては困る」ということから始まって、年齢以上のことを要求され、年齢以上の訓練を課せられる。そして体験抜きの知識だけが積み込まれ、それを知恵に変えることも、消化することも学ばされていない子供達。

上滑りの知識が容積オーバーで頭でっかちになり、まともに歩くことも出来なくなっている。それを誰も気付いていない。そう思うのは私だけだろうか。おまけにそれに拍車をかけるように、正確な情報を集める力も必要のないものを捨てる力も育てられていない彼らに、これでもかこれでもかとテレビやネットから情報だけが垂れ流し状態の一方通行状態で入っていく。それがつもりに積もって消化不良の知識と考えになり、心身の成長バランスを壊しているように思えてしかたがない。

私達大人は今何をしなければいけないのか、本気で考える必要がある。対岸の火ではないのだ。建蔽率違反で建てられた30センチも離れていない隣の家が大火事なのだ。「家の子供は大丈夫です」ではなく、「家の子供もよその子供も大丈夫です」にしなければいけないところまで、延焼してしまうところまで来ているのだ。

「先生、今日モーニングショーを見ていて、何でこの評論家という奴は俺達のことが分かったみたいに話すのか、聞いていて頭に来た。腹が立ってしょうがなかった。全然分かっちゃいねえじゃねえか!」持っていた団扇で机をポンポン叩きながら上田学園の一番若い学生が文句を言った。そして親の意識と子供の意識に大きなずれがあるとテレビで言っていたという。親がやってはいけないと子供に言うことの一番はセックス。二番目が物を盗むこと。三番目が暴力だという。「大ちゃんにとって、どれが一番やっちゃいけないことだと思う」という質問に彼は「一番目は暴力。二番目が盗み。3番目がセックスです」と言った。

親も大人も、受験で苦しまないようにと考えで「幼児教育」という美名のもとに、子供達にたくさんの知識を年齢以上に叩き込みたいと考えているが、一人の人間として親から独立し、社会人として生きて欲しいということよりも、無意識のうちに、いくつになっても年齢に関係なく、いつまでも自分の可愛い子供でいて欲しいと考えているのだろう。それが子供達にやって欲しくない一番目が人を傷つけたり人の物を盗んだりすることではなく、セックスという答えになって出てきているのだろう。

彼と話していてフット何年か前に会った女の子のことを思い出す。当時彼女は18歳になったばかりのころだったと思う。名門私立女子大付属中学校を1年で中退。そのあと、学校に行かれなくなったようだ。そして17歳位からブームになった「素人が撮った街でみかけた格好いい男の子」という投稿写真をメインにした雑誌に、インスタントカメラで撮った彼女の写真がたくさん採用され、渋谷の街では結構名前が知られるようになっていたようだ。

両親と彼女に会った私に、何をしていいか迷い悩んでいるのだから上田学園に入学して勉強して欲しいと考えている父親。投稿写真で名前が出て編集者に認められてきているので、娘の思う通りにさせたいという母親。そんなご両親も「とは申しましても、娘の味方になり、娘を理解し、娘の思う通りに、娘を思いやる理解のある親になろうと夫婦で話し合っております」と言った。そして、母親は「何しろ友人の多い娘で、渋谷で遊びまわっていると申しましても、そこで知り合った友達をたくさん家につれて参りますし、皆さん弁護士さんとか大学教授とか、税理士さんとか、とてもいい家のお子さんばかりですの」と一生懸命娘の弁護をするようなお話をしていた。

お話を伺わなければ、他人は“仲良し家族”と思うだろうという雰囲気だった。しかし、濃いお化粧と、胸のいっぱい開いた上着に、歩いたらお尻が見えそうな、これ以上短くできないと思えるほど短いスカート。「娘はそんな格好はしておりません!」と言いたげに振舞うご両親。そんなご両親の間で、格好や年齢にそぐわないような幼げな話し方や、身振り。そして、お互いを必要以上に気にしながら、チョッとズレている3人のリアクション。そんな彼らの様子に、私には彼らが哀れに思えた。そして、ご縁があるなら娘さんをお預かりしたいと考えた。しかし、上田学園とのご縁は出来なかった。

それから1年くらいして、彼女が麻薬で「少女鑑別所」に入っていると聞いた。
渋谷で友人達と遊んでいるときに、小さな路地に引き入れられて知らない人から麻薬を打たれたのが原因だったという。そして、麻薬を打たれたのがアクシデントだったということで、親がきちんと監督をするということが条件で、出てきたと聞いた。それから3ヶ月もしない間に、麻薬でつかまった友人から彼女が麻薬を所持しているのが分かり、再逮捕。捕まっている間に20歳になり、今回はどうなるか分からないとも聞いた。

彼女が鑑別所に入ったり刑務所に入っているとき、親戚には「娘は海外に行って勉強しているんです」と説明しているとも聞いた。

彼女は今、どうなっているのかは分からない。あれからずっと刑務所なのか、出所したのかも。ただあの話を聞いたときに感じた虚しさを、昨日のように思い出す。

親が子を思う気持ちと、子供が親を思う気持ちの“ずれ”。世間体に対する親の儚い“見栄”。そんなことが、セクシーな格好をしなければ、人が振り向いてくれない彼女の心の淋しさを見抜けなかったのではないかと。現実の彼女と向かい合うことを拒んだために、娘が親から離れていかなければならない状況になってしまったことを、親はどんな気持ちで納得したのだろうか。

子供を育てることは投機ではない。子供を自分の思う通りに育て、その結果自分が満足をしようとするのは、投機だ。しかし子供に対し、将来どうなるかではなく、子供のために子供が一人立ちできるように投資をして欲しいと考えている。そのためにも、親は投資と投機の違いをしっかり認識し、自己責任、即ち「世間がそう言ったから」とか、「先生方がそう言ったからそれを選択しただけです」というのではなく、世間も先生もその他のことも、何かを判断するための資料として参考にするだけで、最終的には親が子供にとって何が一番いいことなのかを考え、親の責任でしっかり子供を導いて欲しいと思う。

上田学園では「自己責任」を学ぶということで、投資の授業があるが、学生達は模擬投資で「僕はこの出版社の株を買う。なぜなら僕の好きな作家の本を出版しているから、儲からなくてもいいからこの出版社を応援したんだ」といい、「こっちの株は儲けたいので、投機する」と言って買っていた。

毎日のように子供達を巻き込んで起こる悲しい出来事。大人の誰もが、親の誰もが、教師の誰もが子供を教育することに自信をなくしかけている。しかし、親の誰もではなく、大人の誰もが子供達を教育して一人前に育てる義務がある。そのために大人がしなければいけないことは、善悪の価値基準をしっかり持ち、子供達が自分達の思い通りになるとか、思った通りに行動するとのレベルではなく、彼らの未来に彼らが納得するような結果がでるように投資をする。そのために、子供達の言葉に耳を傾け、子供達に助けてもらいながら、大人の意見をきちんと持って子供達をサポートする。それを早急にする必要があると考えている。

学生達と話し合っていてつくづく思った。学生達は学生達できちんと自分の意見を持っていることを。またその意見は年齢に関係なく鋭く本質を突いていることも。

私は今回のことで、子供達のことを改めて見直している。確かに、彼らは色々な面で完成されてはいないし、常識が不足したりしている。しかし、彼らは彼らの目で見、耳で聞き、自分の行動や友人の行動などを通して、頭で考え、判断し、大人以上に本質を見抜いているように思える。そんな彼らだけに、私は彼らとじっくり話す時間をたくさん持ちながら、問題に目をつぶるのではなく、理解できないことは、素直に彼らにぶつけながら、理解していくよう努力をしていこうと思っている。そして、彼らが彼らの人生で納得のいく結果がでるような投資を一生懸命していこうと考えている。

 

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