●学園長のひとり言  

平成15年8月20日*

(毎週火曜日)

上田学園の夏休み

 

上田学園の夏休みが始まった。ついでに私も夏休み。週1回だけ仕事をして後は学校には普段どおりに来て、電話を秘書サービスに転送させ10時ころから3時頃まで、10月からの授業の準備も兼ねて机の上を辞書でいっぱいにして普段中々出来ないノート整理に没頭。その横で成ちぇりんとおだかマンが一生懸命タイツアーの準備をしている。

雨の箸休めのようなほんの少しの間、小鳥達のさえずりの声。穏やかな時が教室の中を満たしてくれる。なんとも静かな夏休み。

上田学園の夏休みは2ヶ月ある。各学生によって多少違いはあるが、学生達はそのうちの最低1ヶ月はアルバイトに費やし、後の一ヶ月は10月からの授業の準備、前学期のやり残しの勉強、サバイバルキャンプ、普段出来ない学校外での先生達との交流等をして過ごす。

学生達の夏休み、思い切り普段出来ないことをしたらいいと考えている。
一日中本を読むのもいい。アルバイトをするのもいい。旅行をするのもいい。何をしてもいいから、思い存分夏休みを堪能して欲しいと考えている。その中には普段会えない友達との交流もあるだろう。普段出来ない“思い切り遊ぶ!”もあるだろう。何でもいいのだが「暇でつまらない」と嘆く夏休みではない夏休みをと、願っている。

のんびりノート整理をしながら、ふっと学生達のことを考える。
大ちゃんは今ごろ福島の家で、友達達とカラオケ三昧かな?と。

夏休み前、例年のごとく新入生達に疲れが出てテンションが落ちていた。その筆頭が大ちゃんだった。心配はしたが、新入生が陥るパターンなのであまり心配はしなかった。時期がくれば他の学生達が無事に通過したように、彼も大丈夫だという思いがあった。

彼にはこの時期を上手に過ごして受身の楽しみではなく、自分で楽しみを開拓していく子供になって欲しいし、そうなるために今のスランプは最高に彼のためになるとも思った。そして自主休講が続くようなら「チョッと早いけれど彼だけ一足早い夏休みにしようかな?」とも考えた。

家族中から可愛がられ甘えん坊でありながら、とても周りに気を使う。それも家族に一番気を使う。そんな彼を見ていると、自分の言葉で何かを言ったときに、頭のよさを彷彿とさせる鋭い彼と、苦手なもの、嫌いなものを全て排除してきた今までの生活と、楽しみは人が運んで持ってきてくれるという無意識な思い込みと、そこからくる受身の行動。そしてこの世に生を受けてからたった15年しか生きていないという事実と、自分の意志には関係なく「存在感が大きい!」という現実から起こる本人には理解できない他人からのリアクションにいらだつ。

他人の中で自分がどう評価されているか理解出来ず、そんな自分にいらだつ様子に、「『大ちゃんみたいになりたい』とか、『大ちゃんのように他人から思われたい』という人はたくさんいるんだよ」と言いたくなるが、彼の問題は時間が解決するだろうという思いと、大ちゃん自身で解決するしかないという思いが私の中で交差し、喉もとまで出かかっている言葉を飲み込んでしまう。

大ちゃんには授業を通し、東京での生活を通して楽しみは自分でつくることと、苦手なもの嫌いなものから目をそむけず、むしろそれらとどう協調し、どう楽しく思えるようになれるか、そんな工夫をすることを学んで欲しいと願っている。なにしろ問題の先送りは、後になって大きな問題になって自分に戻ってくるのだから。

「大ちゃん、10月からはまた頑張ろうね」という私の言葉に、「はい、頑張ります」と言って春学期最後の打ち上げパーティーの後、元気に帰郷して行った彼は、今ごろ友達と楽しく遊んでいるかな?ご両親と美味しいもの食べているかな?と考え、心の中で「元気に戻っておいでね!」とエールを送っているところだ。

一番の新入生はタクマ。反抗期年齢真っ盛りの彼は家庭で見せる顔と学校で見せる顔が違うようだ。それはそれでいいと考えている。順調に成長している証拠だと思う。親御さんには申し訳ないが、頑張って反抗した手前、本当に頑張らなければいけない理由になったりする反抗期は、大歓迎だ。「ビバ反抗期!」。

反抗期がないのは困る。反抗期も含めた成長の階段で当然起こるいろいろな心の悩みや体の悩みなどは、いくら苦しくても1段1段しっかり踏み外さず味わって昇っていって欲しい。昇りつめれば、次のハードルが来る。そのハードルを超えてこそ、生きる知恵が身につく。それが大人になるということだろう。

反抗する親がいて幸せな彼は、夏休みのバイトとしてチラシ配りをしているようだ。もう一つアルバイトをするとも聞いた。お金が欲しいという。欲しいものを努力して正当な方法で手に入れる。一番学んで欲しいことだ。

春学期の打ち上げと、新入生の歓迎会も兼ねた学期最後の日、上田学園は講師の先生やそのご家族、大家さんご一家、大家さんのうちの小さなお客様達と一緒に庭でバーベキューパーティーをした。タクマはその席で「色々迷惑をかけると思うけれども、よろしくお願いします」というようなことを言って皆にきちんと挨拶をしていた。そんな彼を見ながら、「彼は本音の意見を言わないんですよ。『そうだね!』と言いながら、言葉の奥に彼がそう思っていないということが分かるんです。本音で話してくれるといいんですが。問題を話し合おうと思っても、ふっと問題から意識をそらそうとするんです。この学校は本音でバンバン意見を言っていい学校なのに。1年目の自分みたいで心配です」と心配してくれる2年目の学生の言葉を思い出しながらも、「いやいや、今に彼は面白く化けて、素敵な男の子に成長するんじゃないかな・・・」という予感で、今後の彼が楽しみになった。

上田学園の学生になって無事1年がすぎたヒロポンは、夏休みの次の日からアルバイトが始まった。学童保育の先生のアシスタントだそうだ。子供達と一緒に遊んだり、プールに入ったり、勉強を見たりするという。どんな先生をしているのか想像していたら、「今から大検を受けてきます」と立ち寄って、アルバイトの報告をしてくれた。

「女の子の方がベタベタとひっついて来るんです」と言うので、「もててよかったね」と言ったら「小学生にもてても仕方がありません」と照れくさそうに笑った。

彼は日本語を教えるのが大変上手だ。けっして調子よく教える先生ではないが、毎回授業が終わるときには、外国人の生徒たちから絶大なる信頼を寄せられるほど、真摯に教えている。そんな彼の日本語の授業からも彼の性格からも、きっと手抜きをせず真摯に仕事をするだろうことが想像出来る。彼が小さな子供達から慕われるのはよく分かる。

「半引きこもりインドア―派」とか自分のことを称して説明する引きこもりに近い状態10年キャリアの彼が、上田学園に入学早々大検を受け、サバイバルキャンプに参加し、ヨーロッパ旅行に行き、1年間で授業を休んだのはほんの数えるばかり。それも病院に行くために半日遅刻したり、休んだりしただけだ。そして本人も自分の堕落振り(?)に驚くほど、宿題をするために徹夜をしたりと、「疲れた、疲れた!」と言いながらも愛妻弁当ならぬ愛母弁当、それも身体に反比例するほどの“デカ弁”で栄養をつけ、筋金入り「半ひきこもりインドアー派」キャリア10年をたった1年で返上してしまった彼。この夏休みのアルバイトが上田学園2年目に突入する彼に、どんな影響を与えるのか楽しみだ。

上田学園在学3年目のシーシーは、昨年と同じように土方をするという。それも計画した金額が溜まるまでするそうだ。それが終わったらイギリスの大学に進学をするために、ロンドンでイギリスの大学や専門学校のアドミッションオフイスをしているユニバーシティーコンサルタンツの経営者でもあり、上田学園の講師でもある佐藤先生にお話を聞いてもらったり、アドバイスを受けたりして親との話し合いを開始するという。

シーシーにとって上田学園で過ごす最後の夏休み。イギリスの大学への進学も含めて、納得のいく楽しい夏休みにして欲しいと考えている。

この3年間で彼の眉毛が「こんなにおだやかなカーブをしていたの?」と思うほど穏やかに下がり、それと同じように彼の目が真ん丸くなり、いたずらっ子のようにキラキラ輝き、彼の口元から笑みがたえずこぼれ出るのを見ると、何となく嬉しくなるのと同時に、土方のアルバイトと進学準備できっと忙しいこの夏、彼は彼の趣味のどんな紅茶で心と身体をいたわり、元気に夏休みを過ごすのか楽しみにしている。

本当の自分を正視し、本当の自分を本当として受け入れようとしだしたチーチー。1年前の自分と同じような心の動きをしている大やタクマのことを心配してくれている。しかし、その思いがうまく伝わらず、もどかしい思いをしていた。そして夏休み。彼の夏休みは忙しそうだ。

タイ旅行のアシストと、イギリス旅行の責任者としての下準備。それに時々アルバイトが入るらしい。

本当にアルバイトをするのかは、分からない。上田学園に入学するまで、どちらかというと父親の仕事場が学校で、仕事を通していろいろなことを学んできた。それだけに彼の場合は上田学園にいる間は、身体を使う仕事をしてもしなくてもいいと思っている。それより、同じような年齢の人達の中でどう自分をアピールするかを体得して欲しいし、知識を貪欲に身につけて欲しいと考えている。

チーチーは誰にも負けない凄い個性がある。ただその個性を光らせるのも鈍らせるのもこれからの本人の精進にかかっている。普通の人より個性的な彼はよくても悪くても目立つはずだ。

目立ちたくても、目立てない人は多い。オンリーワンを目指そうと思ってもそれが出来ない者も多い。それだけに、オンリーワンに近い人生を送ってきたのだから、それを大切にして欲しいと思う。

本物のオンリーワンになれるのはいつかは、私に分からない。しかし、本物のオンリーワンを目指して、毎日を大切に過ごして欲しい。勿論、この夏休みも毎日の一つだ。だからこの夏休み「頑張って!」とエールを送りたい。

成ちぇりんは、毎日タイ旅行でフーフー言っている。でも何だか毎日、大人顔になっている。なんだ毎日、足がしっかり地に着きだしている。毎日毎日昨日より今日、今日より明日と成長している。

今年は去年のように土方のアルバイトはしないようだが、タイ旅行の準備の合間を縫って自動車の免許を取るために、今週から自動車学校通いが始まるようだ。

「成ちぇりん、頑張れ!貴方を見ていると上田学園が発展しているのが良く分かる。だって毎日顔が変わっているもの。毎日進歩しているもの。頑張れ!氣志團のコンサートに行くようだけど、彼らの演奏はどうでもいいけど、本当は氣志團の格好をしてくれたら上田先生成ちぇりんをもっと応援しちゃんだけど、ダメかな?でも遊びに勉強に大いに楽しい夏休みをね」

上田学園最年長のおだかマン。タイ旅行のパンフレット作りやホームページ作りで毎日成ちぇりんと学校に来て、朝から夜遅くまで頑張っている。彼の夏休みは上田学園にこの4月に入学したばかりなので、学校に慣れることと、久しぶりの社会に慣れることかもしれない。

「そんなに頑張らなくてもいいよ!」と先生達が言うほど、一生懸命な彼には、自分の感情をしっかり表現して欲しいと考えている。腹を立てたらいい。怒ったらいい。嫌なことは「嫌だ!」と言ったらいい。色々なことを見聞きし、体験して欲しい。穏やかな性格の中に、何か野心を持ってもらいたいとも考えている。

でも、今は夏休み。彼の夏休みの読書計画の中に「最低一冊の料理の本を読んで料理を作る」というのがあり、夏休み中も土曜日や日曜日等に、学生達と旅行の打ち合わせため学校に来ている伊藤先生が楽しみに待っている。「どんな料理をしてくれるのかな?」と。

料理の本も素敵だけど、この夏休み。俳優の佐野史郎さんのライブに行って皆で楽しんで来たように、成ちぇりんと浅草に遊びに行って楽しんで来たように、氣志團のコンサートでも何でも、他の生徒たちと一緒に出かけたらいい。そして“今”を楽しんで欲しい。それがおだかマンに、今年の夏休みにして欲しいと思うことだ。

今上田学園は夏休み。生徒たちは思い思いの夏休みを過ごしている。そして私ものんびりさせてもらいながら、秋学期に向けてエネルギーを蓄積している。


 

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