●学園長のひとり言  

平成15年8月26日*

(毎週火曜日)

てんこ盛りの幸せ!

 

この小さな学校、上田学園にはてんこ盛りの幸せが詰まっている。その幸せで嬉しくなった私は思わず、「疲れたでしょう?遅くなったし、これでトンカツでも食べておいでよ」「暑かったでしょう?アイスクリームが冷蔵庫にあるわよ」「いただきものだけど、これ食べる?」思わず、大盤振る舞いをしてしまう。頂いた商品券も頂いたお菓子も、何でも全部学校に持ってきて配りたくなる。たくさん入っていないお財布の紐もゆるくなる。

ここには本当にてんこ盛りの幸せがある。

「ただいま!行って来ました。結構どこでも気持ちよくパンフレット置かしてくれました」

久しぶりの猛暑の中、真っ赤な顔をして成ちぇりんやおだかマンが、満足そうな笑みを浮かべて帰って来た。タイ語の学校や、タイ料理店やアジアンテーストの雑貨屋さんや大学などを訪ね歩き、彼らの企画によるタイ旅行のパンフレットを置かしてくれるよう交渉しているのだ。

彼らの作ったパンフレットに目を通す。隅から隅まで彼らの手で作られたパンフレット。いい文章、いい写真、上手なレイアウト。素人の私にはそう見える。嬉しくなって思わず「いい文章ね。本当に上手だわ」とほめまくる。暇になると何度も何度も目を通す。そして一人でニコニコしてしまう。

夏休み中だが、彼らは毎日毎日私がノート整理や仕事をしている横で一生懸命パンフレットの手直しや、営業する場所のリストアップなど、忙しそうに動き回っている。

「みんな何しているの?」と、ここで英語と古文のプライベートレッスンを受けている私立高校3年生の高橋君が顔を出し、来たついでにと上田学園とレッツの看板の作り直しをしてくれる。そして、その横で看板の横に立てる掲示板を一生懸命チーチーがデザインしている。

ふっと気が付くと成ちぇりんが自動車の教習場に飛んで行く。チーチーがタイ旅行のパンフレットを持って営業に出かけ、おだかマンがプリンターのインクを買いに出て行く。そして、高橋君だけが黙々と看板を作っている。なんでもないその空気に幸せを感じる。

皆がみんな、自分のやるべきことを一生懸命やっている。アルバイト、タイ旅行、自動車の免許取得、ホームページの更新、秋学期の企画、宿題などなど。そして、高橋君までが上田学園の看板の作り直しをしてくれている。

「先生、上田学園のホームページが随分充実してきていますね」と日本語の先生がお電話を下さる。

ホームページに目を通す。自画自賛したくなる。どの学生もどの学生も昨日より今日。今日より明日と、その子その子のテンポで前進しているのが、文章を通しても分かる。

彼らの文章は素直だ。何とも味がある。そして何だかうまく説明できないが、彼らの凄い未来を予感させてくれる。

文章を書くことが面倒だったり、見栄をはって自分の持っている言葉以上の言葉を連ねて書こうとしたり、色々な学生がいる。しかし不思議にそんな学生が日一日と自分の言葉や自分の感性で文章を書こうとしだす。

ホームページそのものが「メンドクサイ!」と思っていた学生の文章もほんの少し変わり、ほんの少し前進し、文章を通して味のある素敵な彼の顔が覗きだす。その変化が嬉しくて「ああ、なんて素敵な子供達だろう」と思ってしまう。それが私を嬉しくさせる。幸福にさせる。「先生がホームページのカウントをあげてるんですね」と言われながら、何度もホームページを開けて「学生達の部屋」に入り浸ってしまう。

「約束を平気で破ったり、連絡をしないで休んだり、電話にでなかったり、どうしてそんなことが出来るのだろうか」
「やろうと思ってやっているのじゃないと俺は思うけど」
「そんなことやっていたら、人から信用されなくなるよ」
「それをどうやってわからせようか?」

何気なく聞こえてきた心配そうな声。学生達は学生達の中で起こる様様な問題について、誰に言われたのでもないのに話し合っている。それが私を幸せな気分にさせてくれる。

他人にあまり興味を持たない子供達。他人の問題を抱え込みたくないと言う子供達。自分に降りかかる迷惑と思える火の粉は大声で振り払うが、自分がかける他人への迷惑は、何とも思わない子供達。そのくせ、ちょっと出会っただけで携帯電話番号を交換し「友達!」と呼んではしゃぎまわり、心の中の淋しさを紛らわそうとする子供達。そんな子供が多い中、上田学園の学生達は不器用だが、一生懸命友達のために心を砕いている。悩んでいる。心を痛めている。それが私の心をほのぼのと暖かく包んでくれる。

この小さな上田学園の中で、色々なことが起こる。そしてそれを通して、てんこ盛りの幸せがあることに気付かされる。そのたびに「ガンバラナクチャ!」という強い思いがこみ上げてくる。何とも説明できない幸福感に浸る。そのたびに上田先生からお母さんのような気持ちになり、子供達一人一人を誇らしく思い、持っているものは何でも全部あげたくなる。

「先生、失敗しちゃった!タイの観光局に返すCD忘れちゃって」と疲れた顔をしておだかマンが駆け込んでくる。「お昼食べて、冷たい麦茶でも飲んで行ったら」と言う私の言葉を振り切るように「遅くなるので、このまま行って来ます」と、3時チョッと前を指す時計をチラッと見上げて出かけて行った。

「先生、タイ旅行のお問い合わせがあったんですか」
「そうよ。もどったらお電話してあげてね。よかったわね」
成ちぇりんの電話に答えながら、疲れた様子で出かけて行ったおだかマンの姿を窓の外に追う。

今朝も早くから、銀座、目黒、調布などタイ旅行担当の学生3人が、手分けしてタイ旅行のパンフを置いてもらえそうなフリースクールやサポート校、タイ料理店などに出かけて行ったのだ。そして私は彼らの努力する姿に感動し、お財布を握ってとなりの酒屋にアイスクリームを買いに走る。暑い中、戻って来た学生達に食べさせたいと。

上田学園にはてんこ盛りの幸せがある。その一つ一つは意味も無いようなとても小さい幸せだが、てんこ盛りの幸が。私はこんな幸せをくれる子供達と一緒に居られることに感謝しながら、今日も上田先生ではなくお母さんをしている。そして、こんな彼らに夏休みを終えて学校に戻ってくる学生達が加わり、賑やかに再開されるだろう秋学期を想像しながら、幸せな気持ちを楽しんでいる。

 

 

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