●学園長のひとり言  

平成15年10月8日*

(毎週火曜日)

ギャハハと笑いながら、悩んでいます

 

「先生はどうしてそんなに自信がおありなんですか。上田学園にお預けしてもこんな子供です、まともにやっていけるのか本当に心配なんです。特に最近の事件などを新聞で読むたびに、ヒヤっとします。上田学園にお預けしたら有名な大学に行けるのでしょうか?それが心配です。もし上田学園にお預けしなくても、この子はちゃんとやっていけるとお思いになりますか?」

何ともお答え出来ないお答えに「早朝からすみませんでした!」と不満げに電話を切られた親御さんのお気持ちを考えながら学校に出てきた私を、シーシーが「おはようございます!」と迎えてくれた。

10月7日。今日から7年目の上田学園の授業が始まる。全員が元気で出てくるか、ヒヤヒヤしながら時計の針が9時半をさすのを待つ。既に登校して来た学生達は1時間目の授業の準備を始めている。またまた学生達が全員元気な顔を見せるのを毎日毎日内心ドキドキしながら待つ日々が始まるのだ。

上田学園の先生達は人間的にも社会人としても魅力的で、どこにでもいそうでいて、なかなか出会えない実力のある先生方だ。その先生方がする授業を、例え1時間でもミスるのは勿体なくて仕方が無い。本当にいい授業をして下さる。いつか大学院に行こうと考えていた私は、時間が出来たら大学院に行くより、上田学園の授業を全部受講したいと本気で考えているほど、面白い授業をしてくださるし、どんな質問にも答えてくださる。

学生達は今までの人生で出会った、教職をとって大学を卒業し、他の社会を知らずに「学校」というあの規模のあの組織の中だけで生きるように純粋培養された先生と同じように、上田学園の先生を理解している。特に1年目の学生達は。しかし、実際はもっと人間の幅もあり、体験に裏打ちされた知識もあり、教養たっぷりの先生達であるばかりではなく、先生方の生き様だけでも面白い先生方で、学生達が社会に出て行くときの指針になる先生方なのだが。

学生達がそんなすごい先生達と出会っていることを理解できないのは仕方がないと思う。経験のない「若さ」という時代を体験した私達も、彼らの年齢のころは同じだったから。

1時間目の先生の授業が始まった。先生はそね先生。大阪に住んで一ヶ月に一度授業に来て下さっていた先生だが、今は学校の近くに引越していらして毎週しっかり授業を見て下さる。

京都にある芸術関係の大学を出て、商品の企画開発の仕事をなさっている先生との出会いは、9年くらい前のロンドンのホテルのロビー。市場調査のためにイギリスに滞在していらしたときだ。

お目にかかったときから、日本の女性には珍しいほど明確な御自分のお考えを持ち、目先のことに全く振り回されず「素敵な方だな!」と思いながら、お話をしていた。そして、私が日本語教師の養成を専門にしていることを知り、先生も私に興味を持ってくださった。

それがご縁で大阪から吉祥寺の私の学校まで、泊りがけで日本語教師養成コースを受講しに来て下さるようになり、個人的なお付き合いが始まった。それが上田学園の先生をお願いするきっかけになった。

先生は東京弁と大阪弁を効果的に使い分けながら、御自分の専門の「企画開発」を通して学生達に「自分vsまわり」。即ち、「自分を知る・自分を磨く・自分を認める」ことを学んで欲しいと授業をすすめている。

大きな声でガハハと笑う先生の声が教室中に響きわたる。

先生は生徒達と対等に付き合おうとして下さるし、そうしたいと考えて下さっている。それだけに先生のコメントは厳しい。その厳しいコメントを大阪弁でオブラートに包んで学生達にぶつけて下さる。そして大阪人(?)らしく、ボケと突っ込みをしっかり授業中に実践している。その先生が言う。「今学期も授業でしっかりストレスを貯めてください。上田学園の外で発散すればいいですから」と。

学生達は大声で笑いながら、何となく顔が引きつって見える。その引きつった顔を見て私は思わず吹き出してしまう。

「かんべんしてください。僕も結構忙しいんですから!」と誰かが言い、クラス中に笑いが起こる。このフレーズは今上田学園で流行っているのだ。上田学園の学生だった生徒が宿題をやってこなかったときや、出来なかったときに先生に言った言葉だ。

そんな笑い声の中で私も思わず「かんべんしてよね、私も忙しいんだから。だから授業は休まないでね。何かのとき絶対役に立つ先生の一言を聞き漏らしたらもったいないから」。思わずブツブツ独り言を言ってしまった。

私も本当に悩むことが多い。上田学園の生徒に不足している基礎学習は?教科内容は?教授法は?教材は?生徒にフィックスしている?3年目の授業計画は?等など。そして色々な先生にご助言を頂いたり、本を読んだり、考えたりと、頭が痛いことが続いている。

先日も1週間だけロンドンから戻っていらしたユニバーシティーコンサルタンツ(イギリスの大学、専門学校40近くのAO入試担当事務所)の佐藤先生に、海外にいる先生だから気付くアドバイスをしていただこうと、お時間を頂戴した。

「いやぁ、上田学園の生徒ばかりではないのですが、今どきの日本の若者は一般的に面白みのない奴ばかりになりましたね。そういう意味では、授業の中でも突っ込みとボケの役を割り当てて、一日に一回そのペアーがクラスの中に笑いを起こさせる努力をするようにさせたらどうですかね。何しろ、社会に出て単に可笑しい奴と、本当に面白い奴とは違いますからね。魅力のある社会人。人に好かれる社会人。本当にユーモア不足の人間が多いですからね」と真顔で言われた。

日本人の間に言葉のキャッチボールがなくて、話が弾まなくなっているという。特にそれを若い人に感じると言う。

私達上田学園では佐藤先生を称して「ロンドンの吉本興業!」と呼んでいるほど、先生が話している間中、笑いが絶えない。英語でやっても同じで、外国人の人たちが先生の話に大声で笑っている。

そんな先生のご意見に私は考える、上田学園に漫才師の先生でもお願いしようかと。そして一日一回笑わせることを義務付けようかと。でも上田学園ではよく皆で大笑いをする。面白い生徒が多いからだ。大笑いをしたまま帰宅すると、帰宅する自転車の上で生徒たちの言葉を思い出して、声を出して“一人笑い”をしてしまうことがあるくらいだ。本当に愉快な学生のおかげで、悩みながらギャハハと笑っている。

上田学園の学生達はなかなか頭がいい。しかし石頭では、ある。だから頭の回転のよさを、頭の硬さが足をひっぱる。でもユニークだ。

先日もヒロポンに教えられた。ヒッキー(引きこもり)の元祖は天照大神だということを。それを聞いて「じゃ、上田学園の前でストリップショーでもしたら、学生は休まないわ、引きこもりの人達は上田学園の学生になるわ、いいかもしれないわね」と言う私の言葉に「先生はあまいですよ。現代のヒッキー達は古代の人間と違ってストリップくらいでは家から出てきませんよ。せいぜい窓を少しあけて『うるせえな、静かにしろよ!』と怒鳴るか、ペットボトルの空が飛んでくるくらいですね」と。

秋学期の授業が始まり、私の悩みは今学期の授業が軌道にのるまで「ああでもない、こうでもない」と悩むのだろう。でも悩むことが出来るのは学生達の反応があり、学生達がそれで変化をしているからだろう。

私、本当に悩んでいます。「英語で数学・・・、うまくいくだろうか?」、「中国語・・・、うまくいくだろうか?」、「ナレーションの原稿書き・・・、うまくいくだろうか?」。本当に悩んでいます。でも一番悩むのは勉強以上に、学生達によかれと思ってすることが、本当に学生にとってプラスになっているのかということです。

不安はあります。それでもこんなに素敵で、未来のたくさんある学生達をお預かりすることが出来る幸福を考えると、学生達の親御さんが、心配や不安を抑えて子供達のために頑張っているように、私達も今現在一番いいと思うこと、一番いいと考えられることを一生懸命学生達にぶつける。その答えは学生達がしっかり出してくれると思います。それが信じられる学生達です。

どんなに悩んでも、どんなに心配しても、学生達が元気に学校に出てきてくれると嬉しくなり、楽しそうに学生同士で話し合っている顔を見ると嬉しくなり、学生達の面白い話に大口あげてガハハと笑いながら「私もガンバラナクチャ!」と自分で自分を叱咤激励しながら悩んでいます、これでいいのかと。


 

 

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