●学園長のひとり言  

平成15年11月19日*

(毎週火曜日)

思わず泣いてくれる人、いますか?

泣きじゃくる学生達の背中をやさしくなでながら、「本当にありがとう、楽しかった、ありがとうね」そんな言葉でねぎらうお客様達の目からもキラキラ光る大粒の涙。

タイ人の日本語科の学生達が女の子も、男の子もタイツアーに参加してくださったお客様達にしがみついて泣いていた。たった3日間の交流だったが、たった3日間の交流の中身は大変濃いものだった。

3年前、例年通りに上田学園の手作り海外旅行。その年はタイ語を勉強しているのだから、ヨーロッパではなくタイに行こうという案が出た。しかし、ヨーロッパに行ったことのない学生達からヨーロッパに行きたいという意見も出た。そして伊藤先生の旅行の授業を通して、たった数千円をプラスするだけでタイ経由でヨーロッパに行けることが分かり、経由しながらヨーロッパに行くことになった。

週に2時間タイ語を勉強しているとはいえ、タイの国に対してはあまり期待していないような雰囲気だった。タイに行きたいと希望した学生も、先進国より発展途上国のインドが面白かったから、タイも多分面白いだろうという程度ののりだった。

タイに一時帰国していたタイ語のソーパ先生と、彼女のお父さんや弟さん達の出迎えを受けてスタートしたタイ旅行。それは学生達が全く予想もしないくらい楽しい旅行になった。その大きな要因はソーパ先生の御家族をはじめ、日本語を勉強しているタイの学生達との交流だった。

昨年から義務教育がタイ全土に施行されたタイでは、大学に行ける人達は本当にほんの一握り。それだけに、夢がしっかりあり、それに向かって一生懸命勉強も努力もしている様子に、日本の学生との大きな差を感じ、恥ずかしくなるほどだった。

タイ人のお金持ちは、日本人には想像も出来ない程のお金持ちだ。しかし殆どの学生達は少ない仕送りの中で何とか生活をしながら勉強している。日本のようにアルバイトなどする場所がほとんどない。

家が貧しく一銭の仕送りもなく「どうやって生活をしているの?」と質問したくなるような環境の中、それでも一生懸命勉強している「大学で勉強できるだけでも幸福なんです」と言いながら。そして私達に全くおもねることもなく一生懸命歓待してくれる彼らの素直な笑顔に心が和み、貧しさや苦学するなどということには全く疎かった上田学園の学生達は、彼らから何かを感じた。

「〜ラブホテルご一行様」こんな看板に迎えられて正々堂々とタイに乗り込んで来る日本人の観光客を目にし、「俺たちが出会ったタイを日本の人達にも知らせたいよな!」そんな声が学生達の中から自然に湧き上がった。しかしニューヨークのテロ、サーズ、イラクへの攻撃、準備不足に対する私の反対など等、色々な理由でタイ旅行は延期され、タイ旅行を提案し、計画し、準備していた学生達は上田学園を卒業し、ある者はタイの大学へ日本語を教えに行き、ある者はタイにタイ語の留学をし、ある者は就職して行った。

あれから3年。先輩達の思いを受け継いでタイ旅行担当者としてナルチェリン、チーチーそしてオダカマンが他の学生達に助けられながら実施に向けて動き始めた。とは言っても当初は皆一生懸命やれば何とかなるだろうという気楽な気持ちでいたようだ。

旅行のテーマを考え、日程を決め、値段の交渉を開始し、色々なことが動きだした。そしてそれは、言葉のギャップと自己中心的な考えのオンパレードになっていった。

何をやっているか理解出来なくなったのかサポーターの学生達も、タイ旅行の打合せや会議には出席するが、殆どサポートをしなくなっていった。そんな彼らが心配になった。先輩のタッチからも「自分達も同じ間違いをしたことがある。全員参加で頑張って欲しい!」と、注意を促すメールが届いた。そして「勿論旅行業務に関して教えているのだから旅行を成功させることも大切だけれど、それ以前に上田学園の学生達には、この授業を通して『責任を取る』ということを学ばせたい。頭デッカチの彼らだからこそ、責任を取ることの意味を体得するために、自分からはあえて何も注意しないで距離をおきながら、このまま授業を進めていこうと思う」という担当の伊藤先生の言葉に、私も心配をしないことにした。

理解していないことにも「理解出来ません。教えてください!」という言葉もなく「俺がいいと思ったから、適当に決めました!」と言う言葉と一緒に、旅行申し込み締切日という現実が迫って来た。

夏休みも返上し、営業する彼ら。調べ、手分けをし、パンフレットを持ってタイ観光局、タイレストラン、タイ語の学校、フリースクールなどに走る。計算以上にかかる経費。毎日毎日のほとんどの時間をタイ旅行に取られ、宿題が出来ず、また授業がなおざりになり、叱責された。

自分達が一生懸命タイ旅行のために寝ないで頑張っていることに対し、共感してくれない先生達。共鳴してくれない他の学生達。苦労して配ったパンフレットを見て最初に申し込んでくれたお客様から「仕事をやめたので、旅行キャンセルします」と言う連絡に、必要以上に動揺する者。今まで以上に周りが見えなくなりながら、がむしゃらに準備する者。内心「ああ、もうダメだ!」と諦めて、なんとなく投げやりになる者。それでも「この旅行を中止にします」と言わない彼らに、「大変さにのたうちまわって、這い上がってきたらいい!」という思いと、「これが本当の社会勉強、上田学園の実践勉強」という思いと、「今の経験は将来のいい財産になるから、諦めないで頑張って!」という思いとで、彼らに投げかける私の言葉も段々厳しくなっていった。

「思ったよりお金がかかるんだよ、まいったな・・・」、ポッツリつぶやくナルチェリンの言葉を捕らえて、「え!?どういうこと?」という私の言葉に「予定ではもっと安いと思ったら、最終的に出てきた経費が予定よりもっとかかるんです」と言う。

再度重ねて質問した私に返って来た答えは、全部ではないが、先生から値段を調べるように言われたが、下調べのときの経験からタイは何でも安いからこのくらいで行けるだろうと、適当に考えて出した計算で旅費を決めたが、実際に返ってきたタイからの答えは思った以上に高いというのだ。おまけに出発の3日前だというのに、最終確認がまだとれていないものが2・3あると言う。「俺はちゃんと30日までに返事をくれるように頼んでおいたのですが、答えが返ってこないんですよ」とコンピュータから目をそらさず、暢気に説明する。

「国際電話があるのにどうして確認の電話をしないの?ホテルやバス会社にとって、貴方達だけがお客様ではないの。今確認がとれていないのは、全部前半のスケジュールのものばかりじゃないの!確認が取れていなでタイに飛んでいって何か問題が起きたら、貴方達はお客様にどう責任をとるの?ご招待旅行ではないのよ。お金を払って頂いて参加していただく旅行なのよ!」。上田先生の雷が落ちた。

疲れていたのだろう。ちょっと気も抜けていたのだろう。
営業しても営業しても人が集まらず、色々な方々のご好意でやっとツアーが出来るだけの最低人数が集まり、朝の4時5時まで学校で準備をし、あと3日で出発出来るところまでこぎつけられたからだろうことは、理解できた。が、気を抜くのはツアーが終わってからだ。始まってもいない今、気を抜いてはいけないのだ。まして、伊藤先生は旅行の仕事で4日前に南フランスに旅立って行った。飛行機に搭乗する間際まで、生徒達と細かく打合せをし、「もう大丈夫です!」という生徒達の言葉を聞いて電話を切られたのだ。最終確認は学生達が自分達でするしかないのだ。

学生達は動き出した。きびきびとタイに連絡。全部の確認を終え、ツアーでやらなければいけないことを書き込んだ自分達のツアーノートを作成し、「お客様のために何が出来るか。何をしなければいけないか」を再確認しながら準備を終えていった。

「例年より暑くてぐったりします」というタイ人の学生達の隣で、緊張と暑さと冷や汗とでゴチゴチに固まった添乗員の学生達。ツアー参加者の暖かいお人柄と、このツアーを企画するきっかけになった心のやさしいタイ人の学生達に助けられ「やってよかった!」と心から思えるいいツアーになり、「よくここまでやれたね。本当にご苦労様!」と、一人一人の学生達に頭を下げたくなるほど、いい企画の旅行が無事終了した。

「国内、国外を含め何回もツアーで旅行しましたが、こんなに楽しかった旅行はなかったです。上田学園の旅行に次回も絶対参加します!」という暖かい言葉とともに、名残惜しさと素敵な時間を分け合えたこと。何だか説明できない暖かくゆったりした気持ちに包まれ、無条件に抱き合って素敵な涙を流していたタイ人の学生達やお客様達。それはきっと上田学園で叱られても、注意されてもめげないで最後までツアーをつくることに努力した添乗員役の学生達へ流してくれた涙だと、私の心も感謝と説明できない暖かい気持ちで満たされていた。

帰国してもう6日。殺伐としたニュースが世界中を駆け巡っている今、一服の清涼飲料剤のようなさわやかさと、笑い声に包まれた1週間の上田学園学生達による第一回のタイツアー。色々な経験を積みながら、ツアーが無事終わるよう、参加していただいた方達に喜んでいただけるよう、協力してくださったタイの日本語科の学生さん達に迷惑をかけないようにと、それだけを願って無心に、でも一生懸命だった学生達のツアー。添乗員をした学生達の心の中に、暖かい思い出として一生残っていくだろうと学生達の充実した笑顔を見ながら、参加してくださったお客様、タイの学生さん達、タイの先生たち、そして色々お世話になった方々に、改めて感謝する次第です。

本当にお世話になり、ありがとうございました。タイツアーの経験が、添乗した学生達にとっても、残って留守を守っていた学生達にとっても、大きな意味をなすものと確信しております。今回の経験が彼らにどんな影響を与え、どんな華を咲かせるのか、どうぞ楽しみに見守っていただきたいと思います。今後もまた宜しくお願い致します。

 

 

 

バックナンバーはこちらからどうぞ