●学園長のひとり言  

平成15年12月4日*

(毎週火曜日)

チョッとの寄り道!

「そのままで結構ですから、私が片付けますから」という言葉に、「いえ、この位しないと罰が当たります。いつもすみません。ここに来ると美味しいコーヒーが飲めるし、何だか分からないんですがこちらにチョッと寄り道してお邪魔すると元気になって残りの営業にまわれるものですから、お言葉に甘えて長居してしまって・・・」と新卒の営業マン、自分の使ったコーヒーカップを台所の流しまで持って行って洗いながら楽しそうに大声で話している。

雨の月曜日。寒い一日が過ぎていく。さすがに今日は誰も学校に来ない。学生達もゆっくり家で本でも読んでいるのだろうか。

「また、お邪魔します」と言いながら、コーヒーカップを洗い終えた営業マンが帰って行く、「今日の上田学園は本当に静かですね」と言いながら。そんな営業マンを送り出しながら、上田学園の学生達の中にも、営業を生業にする子も出てくるんだろうなと考えながら、冷夏だったとはいえ、夏の間中タイ旅行の営業で色々なところに出かけて行き、疲れた顔をして戻ってきた学生達の顔を思い出していた。

この間終わったばかりのタイ旅行が、ずっと昔の出来事のような気がするほど、なんだか忙しい日が続いている。しかし、タイツアー担当だった学生達の顔がしっかり変化している。何となく輝きを放って以前より少し大人顔になっているのだ。そんな彼らを見ると「よくやったね」と同じ言葉が壊れたテープレコーダーのように出てきてしまう。そして嬉しいことに留守を守っていた学生達の間にも。

留守番チーフのシーシーの頭が茶色になっていた。「シーシーもやってみたら!」などと皆でけしかけても、「僕はゼッタイ、そ・め・ま・せ・ん!」と言い張っていたシーシーが髪の毛を染めたのだ。そのことに驚きながらも「シーシーもお年頃になったのかな?」と、嬉しかった。

悪いことをするのは許せないが、若いのだから心境の変化は大いに賛成だ。何でもやってみたらいい。体験してみたらいい。その中から自分には合わないとか、色々考えていけたらいいと思っている。特にあるべき時期に色々なこと、どうしようも出来ない反抗心・進路の悩み・性・若者特有の正義感等など、悩みがあって当たり前で、ないのは不健康だと考えている。

シーシーの親御さんにとっては、シーシーの髪の毛が茶色になって驚かれたことだろう。でも何でも体験させたい私は嬉しかった。

「学ぶ」とは「真似をする」からきていると言われるほど、自分の周りを参考に真似しながら自分のオリジナルが生み出されていくのだろう。上田学園の学生達にとっても今正に真似をしながら、同時にしっかりと基礎知識を身に付けることで、自分で試行錯誤しながら何かを生み出していける思考力を育てなければいけない時期だと考えている。しかし、これがなかなかしたがらないのが現実だ。

人の真似をすると個性が消えてしまうと考えているようなところがある学生達。個性とは基礎知識がしっかり身について初めて自然に湧き出てくるもので、基礎を身に付けている間は、優れた先人の真似をすることはとても大切だということを、なかなか理解しようとしない。そして頑固に「俺は嫌いだ!」と拒絶して前進しようとしないか、先人にお知恵拝借をしない。即ち、なるべく正しい判断をするために不可欠であるはずの正確な情報は収集せず、自分勝手に考えて事を進めることを「オリジナルだ」と考えていたりする。

個性とかオリジナルにこだわるのは、確かに若さの特権かもしれないと考えることは多々あるが、彼らのその根底には失敗を恐れるあまり“個性”とか“オリジナル“という言葉に逃げ込んで、自分が恥をかかない程度、みっともなくない程度、他人から攻撃されない程度に身の安全を図っているように思えてならないのも事実だ。

自分が食べたことのないもの、食べたことのない材料、知らないお料理方法は中々受け付けないし、美味しくなるよう知らない材料を使って工夫してみようとも思わない。「いいじゃない、まずくても。まずかったら作り直したらいいんだし、いろいろ工夫してみたら。隠し味って言って、思いがけないものが美味しい味付けには入っていたりするのよ、『秘伝です』とか言ってね」とけしかけてみるが、なかなか試してみようとしない。一事が万事、全てにそうなのだ。

体験学習という授業時間が時間割に登場するほど、実生活で体験することがほとんどなくなった学生達。遊びも架空世界の出来事の中で戦ったり、作ったり、育てたりと、シュミレーションゲームが殆どだ。そんな中で成長している彼らには、実際に自分で実践し、生に自分で何かを感じて欲しいと考えている。そのために、何にでも興味を持ち、何でも真似し、何にでも挑戦して欲しいのだ。例えそれが無駄と思えることでも、ちょっと寄り道と思えることでも、成長している今だから大いに体験して欲しいのだ。

シーシーが髪を染めたことは、彼が今まで全く興味を示さなかったことに興味を持ち始めたことであり、頭の中だけのシュミレーションで簡単に結論を出してしまっていたものが、実践をし、体験をしてみようという気持ちに切り替わってきた証拠だろう。それだけに巷に大勢いる髪を染めた若者の一人にすぎない彼の「髪を染めた」という行動は、私にとっては「山が動いた!」と同じ意味をなすものなのだ。

「ゴメン、頭もお腹も痛くて今日は休みます。マークさんの日本語の授業、ここからお願いします。また先週の授業で気になっていたこの部分を補習して下さい」というメールがダイちゃんから、朝一番に学校に来る学生の携帯に入った。

「ダイ先生はいい先生です!」と言いながら一生懸命日本語を習いに来ている学生の授業を、理由も告げずに簡単に休んで、その度に「他の授業は休んでも構わない、ダイちゃんが損するだけだから。でも『ダイ先生はいい先生です。ダイ先生に悪いから』と、仕事で前日どんなに遅く帰宅しても、少々熱があっても授業時間に間に合うようにやって来るマークさんを、一言の断りもなく待たせてはいけない。失礼だ!」と叱られていたダイちゃんが、きちんとメールをして来たのだ。それも前回に教えた授業内容と、その日にやって欲しい授業内容をそえて。

思わず、そこに居た他の学生達と驚きの歓声を上げてしまった「ダイが知らせてきた!」と。

タイから帰国した私達を迎えてくれたダイちゃんの様子に変化をみつけたのは、帰国して1週間位してからだった。私達がタイに行っている間の麻生美代子先生の授業、先生の芝居仲間の舞台を見に行くことだったのだが、舞台後、先生達と先生のお友達で、テレビのアニメ番組を通してダイちゃん達もよく知っている声優さん達と一緒にご飯を食べたようだ。そのとき、色々なお話をして頂いたのだろう「メチャ、楽しかったス!」と言っていた。そんなことも少しは影響したのだろうか、でんと構えてなかなか動こうとはしなかったダイちゃんが、ほんの少し前進を始めたのだ。

「ご飯てさ、お湯から炊くとまずくて食えねえよ!」と自炊を少しずつ始めたことを話していた彼は、ナルチェリンと自炊談義になり半分強要はあったもののナルチェリンのご招待で彼の家に昼食を食べに行き、ナルチェリンの手料理の“もやし炒め”と、“野菜炒め”とスパゲッティーを食べさせてもらって痛く感激したのか、「ナルチェリン、今日もおめえの家にご飯食べに行こうかな」等と、度々言うようになっている。

先日も久しぶりに水泳の授業が休講になり「飯、一緒に喰わねえか?」と誰に言うでもなく言うダイの言葉に小高マンが反応し、それにチーチーとナルが賛同。4人でそれぞれが何かを作ったようだ。ダイちゃんは少々塩気の多い「チーズのせスキ焼き丼」。6時半からつくりはじめて終わったのは11時になっていたとか。

休むことを知らせてくることもそうだが、なんでも「めんどくせ!」と言って無関心を装っていたダイちゃんが、お料理をしたり、ナルの家にランチに行ったり、本当に変わってきた。そしてそんな彼の変化に皆も知らず知らず変化をし、「このプロジェクト、ダイはついてこれるかな?」と心配する先生に「俺がダイをひっぱります」と学生達が言い出している。

フジちゃもいい味を出しはじめている。留守番組のリーダーのシーシーや日本語の先生達も、年齢からは想像も出来ないほどテキパキと、しかしあくまでも優しいフジちゃの気配りに、随分助けられたそうだ。

そんなフジちゃがタイから帰国した私達にホットしたのか、ちょっと気が抜けて連絡なしに休んだりすることが続き、それに対し厳しいことを言おうとする私に、「少しほっといてあげたらどうかな?」等とダイちゃんがフジちゃのフォローをしてくれる。

タイから帰国し「ヒロポンってこんなにおしゃべりだったの?」と思うほど、楽しそうに喋るようになったヒロポンや、まるで子犬がじゃれあっているように言葉バトルの応酬をし合う、茶色の髪が顔を優しく見せているシーシーと、個性的にカットされた赤い髪のチーチー。そんな彼らを「永平寺から下山してらしたんですか?」と思わず聞きたくなるようなツルツルに剃りあげた頭のオダカマンが、楽しそうに明るい笑顔で眺めている。

「今日も、パンとハムしかないよ」と返事するナルの顔を見ながらナルチェリンの家に行くかどうか思案顔のダイ。上田学園のどんな授業よりも、時間も労力もお金も惜しまず全力投球するネットゲーム。英語で書かれたゲーム情報をネットからダウンロードして、辞書を片手に夢中で読んでいるフジちゃ。

「学校が終わったら真っ直ぐ家に帰ること。寄り道は禁止です!」担任の先生が張り上げる声を背に、「こんなところに憲ちゃんの家があるよ!」等とウキウキ、でもドキドキしながら皆で知らない道を探検して帰った小学校の帰り道。上田学園の学生達にも色々なところにちょっと寄り道しながら、たくさんのドキドキとウキウキを体験して欲しい。

大きい寄り道、小さい寄り道。時間も、時にはお金も少々かかるけど、ウキウキと色々な寄り道をたくさんしながら、ドキドキと色々な探検をしながら、自分の行きたい道を自分で探して欲しいと願っている。

 

 

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