●学園長のひとり言  

平成15年12月9日*

(毎週火曜日)

見上げてごらん!

♪見上げてごらん夜の星、小さな星の小さな光を
                 ささやかな幸せを祈っている♪

「さようなら、また明日。お先に!」今日も残って調べ物をするという学生達を残して、上田学園を出る。12月の冷たい空気が自転車で帰宅を急ぐ私の気持ちを、しっかり自宅モードに切り替えてくれる。「ああ、忘れずにトイレットペーパーを買わなきゃ・・・」そんな独り言をつぶやきながらこぐ自転車のスピードが段々遅くなる。それと同時に、残り香のように残っていた熱い学生達の活気が冷たい空気に乗って遠くに流れていく。

1日の仕事の開放感。ふっと見上げる夜空にキラキラと星が輝いている。「へえ、東京でもこんなにきれいな星が見えるんだ・・・、なんだが学生達の目みたい・・・」

ますます自転車のスピードが落ちていく。「♪ガンバラナクチャ~、ガンバラナクチャ~♪」私のテーマソングが口をつく。ツンと刺すように冷たい空気とは正反対の暖かいものが心を包んでくれる。

上田学園には14個のキラキラした目がある。その目たちはあるときはまん丸く、あるときは三角に、あるときはロンドン・パリと、どこに焦点があるのか分からなくなり、あるときはピタッと動きをやめ、そしてあるときは忙しそうにクルクルと回る。

色々な条件で色々な変化をする目たちだが、ほんの少しずつしかし確実に輝きを増し、以前より大きく開き始めている。そんな彼らの目が哀しそうに輝きを失うときがある。宿題が出来なかったり、先生に叱られたり、友たちと上手くコミュニケーションが取れなかったり、親とぶつかったり、色々な理由で。

先日も一人のお母さんが上田学園を訪ねてみえた。大きな窓から見える部屋の中の雰囲気がとても楽しそうなので、1度訪ねてみたいと思っていたと言いながら。

色の白い、優しそうな雰囲気がする彼女の話は子供達の目を曇らせた。
ご夫婦の問題で、どうしようもないことがあり家を一度出て行ったという。そのとき出ていく母親に向かって、中学生だった息子さんが父親と一緒に暴力をふるったという。そして今、高校生になった息子さんが家にもどった母親を脅しつづけ、弟には悪いことをするようにけしかけ、弟は不登校気味だという。

日本語教師養成の個人レッスンをしていた私は、受講生にちょっと時間を頂いて彼女と話をした。そしてお子さんのことで学園生達とも話してみたいという彼女の言葉に、教室に残っていたチーチー、ナル、そしてオダカマンに彼女を紹介した。

子供を思い、色々なことを考え「家出」という手段をとり、色々悩み、子供や家族を思って家に戻った彼女の話を、日ごとに成長し、大人になろうとしている学生達。彼女の話をどう理解し、どんな意見を持ったのだろうか。個人レッスンをしながら時折彼らの上に目を走らせると、下をむきじっとお母様の話を聞き入っている彼らの様子と、一生懸命自分達の意見を言っている彼らの様子とに、「大人になるって、厳しいよね」と言いたくなった。

「こんな場所があるんですね。今まで会ったこともない素敵な人たちで、世の中が広いと本当に思いました。長男は高校の先生から『今のままではどんな大学にも行けないだろう』と注意されているのですが、本人は全く聞く耳を持たず、長男とは違う私立に行っている中学時代の友人が有名大学に行くと言っているので、本人もそこに行くと言っていて・・・、もし入学できなかったらどうなるか・・・すごく心配なんです。主人は自分が気付くまで『ホッテおけ!』と言うんですが・・・」

子供にごちゃごちゃ言って嫌われてもと思い、仕事に出ているというお母さん。家の中がいたたまれなくなると、夜でも気分転換をするために散歩をすると言う。これからは寒くなるのだから気分転換をしたいときは、いつでもコーヒーでも飲みに来てくださいという私の言葉に、嬉しそうに「そうさせて下さい。思い切ってベルを鳴らしてよかった。こんな人たちが本当にいるんですね」と学生達が今でも座っているかのように、学生達が今まで座っていたテーブルの方を目で追って、一礼して帰って行った。

親は神様ではない。生きている人間だ。毎日毎日間違いをして、反省し頑張って生きている。一生懸命子供を思い、家族を思いやっていても、どうしようもなくなるときがある。子供も同じだ、一生懸命努力して親の期待に添えるように頑張っても、自分の希望のように進みたいと思っても、それはなかなか出来ないし、手にはいらない。そういう意味では親も子も同じ立場にいる。ただ違うのは、親には子供より長く生きてきた分だけ、生活の知恵や、経験量が断然違うことだ。それがあるから、どんな状況になっても何とか答えを探しだせるのではないだろうか。子供にはそれがないだけに、充分な時間をあげなければならないのだと考えている。短期決戦とはいかないことが多いものだ。ただただ追い詰めてもダメなこともあると。

訪ねてみえたお母様ではないが、この上田学園にも本当に毎日毎日色々なことが起こる。そしてその度にへこむこともある。でも、14個のキラキラした目と楽しそうな会話を聞いているうちに、へこんでいられなくなる。そして私の口癖の「♪ガンバラナクチャ、ガンバラナクチャ♪」と鼻歌を無意識に歌ってしまう。

今年卒業したタッチが在校生にこんなメールをくれた。
「今年を振り返ってみると、僕にとっては初めから終わりまで激動の1年でした。
実践というものの難しさを知り、身体の疲労の限界を知り、苦しい思いもしたのですが、僕の担当したリサーチの結果が社外から評価され、社内の信頼を少しずつ得られています。その過程は僕のとってはかなり大きなものとなりました。信頼を得ることは、次のステップへと繋がるからです。調査能力も知識も分析力も1年前とは比較にならないほどアップしたのを実感します。ただ、思ったのは、人の心を響かせないと何をやっても駄目だということです。能力が高くても、器用でも雑学王でも、計算が出来ても、文章力があっても、結局人の心を打つ仕事が出来ないと1ミリも評価されないのです。僕にとっての大きな壁が見え始めています・・・」と。

「上田学園で先生達が僕達に学ばせたかったことが良く分かります。自分はまだまだ大丈夫ではありません。常に危機感をもっています。でも野原先生から教えていただいて一番大事にしていることは、とにかく『何でも楽しむこと』。もう僕は全てこれに尽きる気がします。これが出来るかどうかで僕の人生が良くなるか駄目になるか決まってしまうくらいだと信じています。1年続くのか、2年、3年とこういう生活が続くのか分かりませんが、超苦しい環境でも楽しめるようになることが、僕の目標で、それを達成しない限り苦しくても辞められないかなと思います」と。そして「志を高く持ちなさい」と野原先生に言われた意味も、今仕事をしていて「こういうことなのか」と気付かされることが度々あると、私宛のメールに書いてきた。

私にとっての夜空の星は、上田学園の学生達のようだ。彼らを見上げていると、ささやかな幸せを祈ってくれているように、勝手に思えるから。

私も彼らのために、ささやかな幸せを祈らせてもらおうと思う。
学園生達の14の目と、社会人として大学生として予備校生として一生懸命国内外で頑張っている卒業生の16個の目の中にも、どんな苦しいときでも、どんな環境におかれても、どんなに小さな光でもいい、その光が消えないことを祈りながら、私も負けずに輝いていかれるよう毎日を努力していくつもりだ。

今日も東京はいいお天気だ。今晩も夜空がきれいだろう。
どんなにへこんでも必ず頑張る力をくれる上田学園の生徒や先生達の暖かい気持ちに包まれながら、今日も私は自転車の上から夜空の星を見上げながら私のテーマソングを歌うだろう、♪ガンバラナクチャ、ガンバラナクチャ♪と。

 

 

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