●学園長のひとり言  

平成16年3月22日*

(毎週火曜日)

天につばを吐くと・・

忙しい日が続いている。そんな中、上田学園の学生達が主催した旅行「ふれあいタイツアー」でお世話になった大学生、ネームさんを色々ないきさつで日本に2週間ご招待することになった。

単なる2週間の観光旅行。その2週間の旅行を保証する為に私は自分の身分証明書として会社の登記簿謄本、収入証明書、住民票、日本に招待するための申請書、関係を示す証拠写真数枚、招待する理由書。それも「観光」というのでは認められず、もっと詳しい理由をA4サイズの紙に数枚、最後に日本での詳しい観光日程表。例えば何日はどこどこ見学とその連絡先と泊まるホテルや旅館、ないしは家庭の電話番号など等、出来るだけ詳しく書いた書類。これらを一字でも間違えると受け付けてもらえないというので何回も確認しながら丁寧に書き、ネームさんがタイの日本大使館まで往復のチケット持参で提出する全ての書類を数日間かけて整え、送った。

こんなに苦労しても許可が下りるかは定かではない。たった2週間の観光のためにだ。こんなことを書くと「だから日本は国際社会になれないのよ!」と憤慨する方もいらっしゃると思うが、これは日本だけの問題ではないのだ。世界中どもでもなんらかの形で外国人に対し制約があるのがあたりまえなのだ。何しろ国とは、その国民の利益のために存在するので、単に友好のためでは存在しないからだ。

このことは、永世中立国であり、平和の象徴のようなアルプスの少女「ハイジー」の国、スイスに住んでいた7年間で、嫌というほど思い知らされた。また転勤した自由の象徴の国、アメリカでもしっかり見せてもらった。“国”とは自国民の利益の為に存在し、外国人のためではないことを。

そして、今ネームさんの日本への観光旅行の許可が下りるか下りないか心配しながら、タイ語の先生、ソーパ先生が言った言葉を思い出す「先生、仕方がないんです。タイの女性はたくさん不法就労や、偽装結婚など悪いことをしていますから仕方がありません。でも残念です。そのために真面目なタイ人が一番被害者になるんです。タイ人がタイ人をいじめているんです」と。

30年前、私が初めて留学(遊学?)のためにイギリスに行く準備をしていたときに母から言われた“忘れられない言葉”がある。それは「イギリスの方々にご迷惑をおかけするのなら日本に戻って来なさい。貴女の国は日本なのだから。日本人の貴方が日本に迷惑をかけるのと、日本人の貴方が外国に迷惑をかけるのとは意味が違う。よそ様(?)の国に置いて頂くのだから、貴女の出来ることでいいから、何かお役に立つことをさせて頂きなさい」と。それを言われたとき正直、母が私に言いたいことがあまり理解できなかった。

ありがたいことに人生最初の外国生活の場の英国。守らなければならない日本とは違うルールはたくさんあったが、色々な国から来ていた多くのクラスメート達が英国に対し不平不満を言う中、語学学校でも、ホームステイの家族からも、街を警邏するおまわりさん達からも、いつも同じ時間に乗る電車の車掌さんからも、学校の合間に習いに行った社交ダンスやタップダンスやお料理やお花の学校でも、色々な友達がたくさん出来、先生達からも大切にしていただき、幸福な気分に浸りながら歌など口ずさみながら歩く道端で日向ぼっこをしているお年寄りからも「貴女は幸福そうね!」と声をかけられ微笑んでいただけることも、私の外国生活を楽しいものにしてくれた。そして母の言葉がどこかに残っていたのか、自然と英国やイギリス人に対する感謝の気持ちで「イギリス人から頂いているこんな幸福な気持ち、なんとかイギリスにお返ししたい!」という思いが自然に沸いてきて、それがボランティア活動等に繋がっていった。

それから数年後、日本語の教師としてスイスに住んでいたある日、仕事を終え何となくウキウキとした気分で歌などを口ずさみながら自宅に戻る途中、私の脇を通り抜けていった車の窓から「イエローモンキー!」という言葉と一緒に水をひっかけられ、一瞬ビックリして思わず身をすくめてしまったが、同時に思わず半袖から出ている自分の腕を見て「あ、本当だ。私って黄色いわ!」と独り言を言いながら、日本ではいつも「早苗さんは色が白いですね」等と言われていたことを思い出し思わず声を出して笑ってしまったあの時が、自分が生まれて初めて黄色人種だということを認識させられた日だった。

その後思いがけず長い海外生活をするようになり、いい悪いに関係なく海外で外国人として生活するということは、日本人として存在するということであり、上田早苗の前に日本人として責任をとらされることで、母が私に言いたかったことが理解出来たような気がした。

また、20年以上日本語教師をしていて数十カ国の学生達の現実的な実態を知るにつけ、海外のどの国と比較しても日本が一番外国人に“優しい国”ではなく、“易しい国”であることを実感すると同時に、母が私に言いたかったことがもっと理解できるようになり、自分のことだけと思って無責任にすることが、自分には関係のない知らない同国人にも影響し、それがまた自分に返ってくるということを痛感した。ネームさんの事は、正にそのことなのだ。

時代が変わり、簡単に海外に住むことの出来る時代になった。しかし、どんな時代になっても、外国だろうが日本だろうが自分のやったことは全部自分に返ってくるし、責任も取らされるのだ。

日本に留学している学生達がよく言う。「日本は留学生に親切じゃない。何もしてくれない!」と。私はそれを聞くたびに「貴方の国では、招待もされないで隣の家に行き、『この家は、私にご飯を食べさせてくれないんです!親切にしてくれないんです』と文句を言うの?日本にはそんな習慣はないのだけれど」と。そして「貴方がいい人なら、ゼッタイいい日本人に出会うから。“一流品”は世界のどこでも“一流品”。それと同じ“いい人”は世界どこ行っても“いい人”だから」と説明している。

上田学園には今月で上田学園を卒業する2人の学生がいる。ロンドン大学でバイオテクノロジーを勉強するために4月11日に渡英する学生と、今後を故郷に帰ってゆっくり考えるという学生の二人だ。

彼らがこれからどんな人生を送るのか分からない。ただ、どんな時にも自分の行動は自分で責任をとり「人が自分に何かをしてくれない」ではなく、自分が人のために「何をやらせていただけるか」を考えながら、自分の歩幅でしっかり成長して行って欲しいと願っている。そして学ぶ時間がたっぷりあり「若いんだからしょうがないよね!」と言って、失敗してもまだまだ許してくれる優しい“世間”という応援団がいる若い今だからこそ、「大変なこと」や「困難なこと」を選択し、その選択したことを楽しめる人間に成長して欲しいと願っている。そして卒業生の野呂ちゃんではないが、素敵な尊敬できる男の友達がたくさん自分の周りにいてくれるような、そんないい男に成長出来るよう、謙虚な気持ちで努力して欲しいと願っている。

 

 

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