●学園長のひとり言  

平成16年4月30日*

(毎週火曜日)

嬉しい春の予感!


静かに流れる音楽の中、ホット一息をつきながら振り返る、この2週間を。

新学期が始まってからの騒音。毎日毎日新入生がちゃんと学校に出てくるか、どんな問題を持っているのか、どんな話をしてくるのか、神経を全開して彼らをそのまま受け入れようとチャンスを狙う。

2年目の学生、3年目の学生達がどうスタートを切ろうとするのか、どう切るのか、目も耳も心も全開しながら彼らをしっかり見守る。

毎日毎日問題が噴出されてくる中、1日がまるで10日のように内容の濃い日々が過ぎる。大変さを笑いに変えながら手探りの新学期。

綺麗な絵を描き、律儀に挨拶をするタッツー。「父親と仲良くなるのが僕の課題です!」と一日目に訴えた彼。心と考えと言葉が一緒にならなかった彼にとって、自分の状況を訴えることが上手に出来ず、色々なトラウマを抱えている今の彼にとって、長い間閉じられていた外界との交流。この2週間は正に“残酷物語”の何ものでもなかったろう。

「何とかしてあげたい!」と焦る気持ちを学生達に助けられながら、久しぶりの外との距離に、苦しんで苦しんでいる彼をじっと見守るしかなかった。でも不思議に彼に対しては、何が起こっても「絶対化ける、大物になる!」という理屈ではない不思議な“勘”を捨てることが出来ないでいる。

彼も他の上田学園の学生達と同じか、それ以上に心が綺麗で、本当に人間の“質”が「上等だ!」と思わせてくれる何ともいえない何かがあり、その上「頭がいい人だ」という印象を度々持った。そして事実、困惑をし、拒絶をしながらでも私の言葉に耳を傾け、授業に出席し、「出来るかな?」を連発し、心配しながら、頭を抱えながら、でも律儀な彼はどの授業にも取り組み、その度に彼の表情の中に少しずつ光りが射してくるのが見えている。

「兄貴はすごいんです。いじめられても皆勤賞で一生懸命やってしまうんです。色々なことがある兄貴ですけれど、尊敬しています」と弟で卒業生のタッチが言った。

不登校でも引きこもりでもなく、早稲田大学の3年生になるとき大学を中退して父親や祖父母の大反対を押し切って上田学園に入学。卒業後リサーチ会社で頑張っているタッチが、ご両親のことなどで心を痛めて引きこもってしまった兄貴を心配し、上田学園に入学させたいと言ってきたときの言葉だ。

タッチの言葉は毎日裏付けられている。
身体を固くして、「出来ない!」「続けられない!」と言いながらも逃げ出すこともなく2週間苦しみ抜きながら、何かの呪縛から抜け出そうとするかのように、少しずつ「なんて素敵な笑顔なんだろう」と感心するような笑顔が増えている。そして、日本語の授業の準備でナルチェリンや小高マンから日本語を日本語だけで教える方法を、何回でも彼らから注意を受け、でも自主的に一生懸命シュミレーションを繰り返したり、「勿論どうぞ!」と返事する私に照れくさそうに頷きながら「英語で『休憩を下さい』って何て言うのかな?『Give me a coffee break』?うぅ・・・?」と考え、一生懸命クリス先生に話しかけていた。

「えゝ!海外旅行に行かなければいけないんですか?嫌です、絶対嫌です!」
「海外旅行に行ったことがあるんですか?僕もそうだったけれど、行ってみたらすごくいいですよ!絶対色々な価値観みたいなものが変わって・・・」
「いや、絶対嫌です。上田先生!本当のこと言っていいですか。海外旅行は絶対嫌です!」

海外には絶対行きたくないとごねる彼。海外旅行は一応修学旅行と同じなので行くことが原則になっていること。理由があるなら行かなくてもいいこと。但し、単に嫌いだから、行きたくないから行かないは許されないこと。きちんと納得のいく説明をすること。そのためにも行かないか行くかは、まず海外がどんなところか調べ、熟考してから結論を出しても間に合うと思うこと。何でも単に“嫌い”とか“好き”とか言って、やらないでいると、本当にそれが嫌いか好きかわからない単に“食べず嫌い”と変わらなくなるので、そんな了見の狭いつまらない人生は選択しないほうがいいと思うこと。まして絵を描くことが好きな人間にとっては、色々なところを見たほうがいいと思うことなどを話した。

真剣に話す私に、彼は急にニコニコ笑いながら「先生と喧嘩しちゃった!先生と喧嘩してもいいですかね?」と言った。まるで悪戯坊主が悪さを見つけられたときのような幼い笑顔に、思わず笑ってしまった。

上田学園は失敗をたくさんしながら学ぶところ。言いたいことを言って、自分を理解してもらうためにどんな言葉をつかったらいいか学ぶところ。お互いを理解するために何でも自分の意見を言っていいし、それは喧嘩ではないこと。これからも言いたいことを口に出すこと。もし相手を不愉快にさせたら、どうしてそうなったのかを考え反省すればいいことなどを話した。

彼はニコニコ笑いながら言葉を続けた「先生も結構気が強いんですね」と。

「そうよ、私は1人で会社を経営し頑張っているんだもん。ある程度気が強くなければね。でも、注意されたり助言してくれたり叱ってくれる人の話は素直に聞いて反省している。先生達も厳しく叱責してくださるけれど、それは私に期待をして叱責してくださるのだし、注意をしてくださるのだから、素直に聞いて反省している。私だってビジネスで成功したいと考えているし、世界一いい学校にしたいから。残念だけれど私は凡人で、叱られなければ分からない人間なので、一生懸命注意してくださる方々の言葉には耳を傾けるようにしているし、それをして下さる人たちに感謝している。注意してくださるうちが“華”だからね」と。

そんな私の言葉につられて他の学生達も「親には適わないし、先生にはかなわないよ!」と笑いながら言い出した。そんな言葉を引き継ぐように「先生にはかわないよ、絶対!俺なんかそれ以上に親父に絶対適わないから」と大が言う。「そうそう、親にかなわないのは当たり前。自分で稼いでもない人間には何も言う資格なし。早く一人前になり自分で仕事をするようになり、親の面倒もみられるようになる。それからよ、言いたいことやりたいことが一人前にやれるようになるのは。頑張って上田学園で色々なことを身につけて」と。

2週間の緊張がほどけていくように教室中が笑いに包まれる中、私も思わず張り切って持論を学生達にぶつける。そして心底思う、上田学園の学生達の凄さを。

彼らが織り成す小さなフリースクール上田学園。いいものをたくさん持ち、可能性をたくさん秘めた素敵な人間をそのまま受け入れ、開花させていくお手伝いを無意識にしている学生達。そんな彼らの一人一人に“脱帽”したくなる。感謝したくなる「ありがとう!」と。

1人で悩むのは辛い。1人で苦しむのは苦しすぎる。ちょっとお互いを労わりあい、励ましあい、人間として交流することで苦しさから抜け出せるチャンスが出来る。それをこの小さなフリースクール上田学園の学生達は無意識にやってのける。

元日経新聞の記者だった先生から新聞記事にならない色々な事件の裏話を身を乗り出して聞く彼ら。

外国人の先生2人と日本人の先生1人の、3人の先生がスタンバイする英語のクラス。自分の必要な英語を自分流に学べるようにした英語の時間。あんなに英語は嫌だと言っていた大が英検を受けると言う。

今学期から復活した「株」の時間。この3月まで日興コーディアル証券の常務取締役で、現在日興企業(株)の取締役社長の平野先生と、週にテレビ・ラジオ合わせて7本くらい金融関係の番組を持っている川口先生のお2人が担当して下っている。

「株の面白い話だけでなく、経営者の立場の話も聞け、俺ら得してると思う」と感想を言い、「松本清張の“日本の黒い霧”を読んだ。野原先生の授業で分析していくんだから、図書館で借りてきてやろうか?買うのもいいけどね」と言いながら図書館に飛んで行く。

「真希先生って、俳優の佐野史郎さんの奥さんだよね。忘年会にきてくださった。バンドもやるし、面白い古着屋も経営しているし、俳優だし・・・、どんな授業をしてくれるのかな・・・?」「ニューヨークから帰って来たばかりのアーティストの先生って、どんな授業するのかな・・・?」等と心配する。一番の心配は宿題だと言う「出来るのかな?」と。

そんな心配をしながら、「俺は絶対そんなのやらねえ!将棋なんて絶対やらねえ!お前らは俺の言うことも聞いてくれないんだから、そんなお前らと適当に付き合って適当に授業に出ていればいいんだ。来年他の学校に行ったら、俺はちゃんとやるから!」等と捨て台詞を言い、まるで小学生のようにキーキー声を張り上げる大。「今ちゃんと出来ない人間が、他の学校行っても出来ない!」と叱られ、シュントする。

オダカマンが忙しそうに他の学生の分まで掃除をしたり、台所を片付けてくれる。

今年の目標通り一日も欠席せず授業を受けている藤チャが授業の合間にホームページを直したり、自分にとって美味しいところだけをつまみ食いしたがるダイを心配し、「俺もそうだったけれど、今年はそれをやめないとやばいぜ!」と諌めてくれる。

授業が終わると毎日のように上田学園の学生たちに「食事をナルチェリンの家でしようぜ!今日の食事当番は誰にする?」等と勝手に家中を占領されるナルチェリンとヒロポン。家中を占領されながらでも結構しっかり自分の好奇心を満たすかのように色々なことをしている。

こんな毎日の繰り返しの中に、計算外の何とも素晴らしい力が蓄積していっている。

進歩しそうな春。前進しそうな春。悩みも心配ごともたくさんある。でも学生達はきっと自分達で助け合って行くだろう。そんな予感がたくさんしたこの2週間。色々なことがひっきりなしに起こっていくだろう毎日。でも頑張ってしっかりやっていってもらいたいと願っている。嬉しい予感とともに、「君達なら出来る」という確信に支えられながら。

 

 

バックナンバーはこちらからどうぞ