●学園長のひとり言
 
平成16年11月10日*

(毎週1回)

 兄妹仁義

上田学園は面白い学校だ。皆で声を上げて笑うことが多い。それも吹き出すように爆笑してしまうことが。外からみたら変な奴らの集団だろう。でも内からみても変な奴らだ。だがなのだ、変な奴らはあきないし、目が離せない。絶対21世紀のリーダーになるだろうと思わせる変な何かがある。まるで親ばかのようだが。

今日は月曜日の研修日。図書館に行く者。ゲームを一日するもの。リサーチをしに行く者。研修で日本語を企業に教えに行く者。一日休息する者等などだ。

昨日からおっちゃんと一晩中学校に居たという大ちゃんが休憩をとりに自分の部屋に帰って行った。それと入れかわりに背広姿の格好いいナルチェリンが日本語を教えに出かけて行く。それと入れかわりに荻チャがやって来て、忙しそうにコンピュータを立ち上げて宿題を始める。それと同じ頃、ヒロポンがやってきて「食事に行ってきます!」と荷物を置いて出て行く。

月曜日の午前中は大体こうして過ぎていく。研修日の何となくノンビリムードが漂う中。

「食べてきました」
「何を食べたの?」
「相変わらず、“なまろう”です」
「あそこのラーメン、辛すぎてお腹こわすんでしょう?」
「そうともいえます。でも一回食べると妙にはまるんですヨ!」

大体こんな会話で始る月曜日の午後。今日の午後は「悲惨なメールが入っているじゃないですか、どうしたんですか」と、唐突に質問してきた荻チャの会話で始った。

「悲惨なメール?そんなのあったかしら?今日入ってきたのかしら?」
「子供が親に暴力を振るうとか何とかと、そう書いてあったじゃないですか」
「ああ、ヒロポンが入学したての頃、飛び込みで相談に見えたお父様のメールね」
「俺は上田学園3年目ですから、あれから2年以上経つけど、まだ学校に行っていないんですかね」
「そうみたいね。いいお父様だと思うんだけどね。でもお父様に暴力をふるうということは、お父様に『苦しいから助けて!』と言っているんだと思うんだけどね・・・」
「確か、その子のお父さんの方が息子が不登校になったといって、心療内科に通っていたんですよね」
「そうだったわね。今の親は、本当にお気の毒」
「俺、子供の気持ち分かるな。親は口出しだけして、余計なことばかりするんだよ。親と仲がいいなんて、あるわけねえよ!」
「俺んとこは、俺が不登校しているとき父親が俺がいた2階に年中あがってきて、『一緒に寝よう!』とか言って、隣りで寝ていたぜ」
「そんなの普通じゃねえよ!」
「そんなことないでしょう?それ普通じゃない?親が子供のことを心配するのは。どうしてそんなに親に反発するのかしら?貴方はお父さんに凄く似ているとか、それで反発しているんじゃないの?」
「そんなことねえよ!」
「じゃ、どうしてそんなに親を嫌うの?」
「父親なんて弟にしか物を買わないんだよ!」
「えっ!それって、単なる焼餅?それで父親を拒否していたの?」
「何だよ、もっと高度な理由で親を拒否しているのかと思ったのに・・・、荻チャの家族に会ってみたいな、弟にも」
「ヒロポン、これで決まりね。荻チャのご家族を絶対忘年会に御招待しようね。荻チャの家族、大変だろうね荻チャみたいなのがいて。ね、荻チャ?」

「先生!これで決まりです。忘年会に御家族を招待し、司会は荻チャでいく。省エネの荻チャの司会だから『食え!』としか言わないと思うけどね」

思わずヒロポンと顔を見合わせ、何回も吹き出して大笑い。こんな会話が宿題を再開するまで続く。そして言われっぱなしの荻チャは「えへん!ウン!エヘン!」とか、まるで喉の具合でも悪いかのように咳払いをしながら、でも目も眉毛も八の字にして右見たり左見たり天井を見たりと、笑いを堪えている。

「隣りが引越したらしいんでよ、ガタガタという音がして寝られねえ!」とか言いながら、大ちゃんが避難してきた。そしておっちゃんも宿題の続きをするとかで、やって来た。またまた賑やかになる。

ネットで情報を集める者。デザイン画を描きだす者。ホームページの自分の部屋の原稿を打ち出す者。ネットでチャットを始める者。それぞれが、それぞれの時間を楽しそうに過ごしている。「俺、コーヒーを入れるけど、飲む人いる?」
「俺欲しい!」
「分かった!」
「俺は日本茶が欲しいな・・・」
「分かった。先生!コーヒーいかがですか?」
「お願いします!」
「分かりました」
「ありがとう!」

美味しいコーヒーの香りに包まれた穏やかな午後が過ぎていく。そんな時間の中で黙々と自分のことをやっている彼らの真剣な横顔。説明出来ない嬉しさがこみあげてくる。そしてやたらにお母さんをしてしまう「何か食べたければお菓子があるわよ、どうぞ!」等と。

上田学園はフリースクールだ。でも一般的に考えられるフリースクールと違い、学生たちは色々なことをやらされるうえ、学園内は「一般社会」と考えているために、一般社会と同じで、色々な年齢の学生たちで構成されている。

人間社会では学歴や学力に関係なく、年齢にも関係なく得意なもの、苦手なものがあることが当たり前で、その当たり前の中、上田学園では自分の出来ないこと、出来ること。分かること、分からないこと等全部さらけ出し、テーブルの上にのせ、普通の学校以上に色々なことをしなければならない。それを通して、どの方向に次のステップを踏み出すかを、自分で決定出来るようになるために。

学校は勉強だけをする場所ではないと考えている。勉強だけをするのであれば、塾に行けばいい。それも受験塾に。上田学園も同じだ。勉強だけが全てではない。基礎・基本の勉強は絶対必要だが、それ以上に自分が体験したことのない、感じたことのない、考えたことのないことを色々考えている友人、級友、先生、友達のご両親、お客様等と呼ばれている他人との交流が刺激になり、それが自分を育ててくれる。困難な状況のときの応援団になって支えてもくれる。そして色々なことに気付かせてくれる。そんな場所が学校なのだ。上田学園は正にそんな学校だ。

そんな学校で勉強する上田学園の学生たち。一人一人の個性がお互いを刺激し、よくても悪くても色々な影響を与え合っている。

小さい学校だけに新しい学生が入ると、また色々な影響を新しい学生から受け、変化を見せてくれる。逞しくなる。シリアスになる。そしてもっと現実的になり、色々な行動が日に日に夢の中の実践の伴わない単なる「戯言」ではなくなる予感をさせてくれる。

それと同時に言葉に勢いが出、話し合いがたくさん持たれ、前進するテンポがはやくなっている。上田学園紅一点のワタちゃんが、それに拍車をかけ、号令をかけてくれる。「信じられない!何でそんなところで躊躇するの?」「やめようよ、そんなの駄目だよ!」等と。それはまるで男の子には母親のように、号令をかけなければいけないと信じ込んでいる7人兄妹の一番下の、可愛い妹のように。

今上田学園には暗黙の了解のように色々なルールが自然に出来はじめている。「遅刻しちゃったけど、遅刻しないようにしなければ」とか「宿題、終わった?」とか「やばいよ、忘れてたよ!」とか「この間の英語の歌詞、聞き取れなかった人いる?」とか。その何気ない言葉の中に、無意識にお互いを心配し、応援し、そして「大変だ!大変だ!」と言いながら、他人を意識して意味のない格好付けをすることを「よし」としない雰囲気が育ちつつあるのを、感じている。

もっともっと他人のために心をくだく人間になってくれることを願う。そして親や兄妹は勿論だが、友達を大切にしながら、自分で心から信じられる自分の道を見つけ、しっかり前進して行って欲しい。それも個を大切にしながら、他人と支え合い、協力し合う一人の魅力のある人間になれるように。

今日はまだ終わらない。上田学園の爆笑も続いている。変な奴の変な意見を聞きながら。そして一日経つと一日分、皆の顔が穏やかになり、一日分笑いが増殖し、その中にまた新しいルールが育っている、皆で助け合いながら。

 

 

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