●学園長のひとり言 |
平成16年12月7日*
(毎週1回) 楽しい世の中 「俺の顔見てビックリしてました。『先生からです!』って渡したけど、泣いていました。感動しました!」 お客様から花束を受け取る各出演者。その中の一人に花束を渡しに行った成チェリンが、声をはずませている。彼女の綺麗な涙に感動したと言って。 ここ上田学園のある吉祥寺では、すれ違った方を見て「どこかで見た方だな?知り合いだったかしら…?」等と考えこんでしまうことがよくあるが、決して知り合いではない。コマーシャルによく出てくる人であったり、ドラマに出演している人であったり、往年の名俳優であったりする。そんな彼らが所属する有名な劇団やプロダクションが結構な数、ここにはある。 又、それと同じくらいの数で劇団やプロダクション付属俳優養成所がある。そんな中の一つ、ある養成所の卒業公演が先週の土曜日にあり、成チェリン、小高マン、ヒロポン、大ちゃんたちとで観に行った。上田学園が毎日お世話になっている女の子が出演したからだ。 彼女とは、上田学園が学生のためにとっている「日経新聞」の配達員兼集金人さんとして出会った。 将来声優か俳優になりたくて博多から出て来て、新聞配達所に住み込んで朝刊・夕刊の配達をしながら夜間の俳優養成所の研究員生であること以外、名前を知ったのも卒業公演の数日前というほど、彼女自身のことは全く何も知らなかった。 華やかな大学や専門学校の多いこの吉祥時で、ミニスカートやブランド物を身につけ大学生活を謳歌し、楽しそうに着飾って歩く女子大生たちの横を、同じような年齢の化粧気の全くないスッピンの彼女が仕事とはいえ、雨の日も風の日も自転車に沢山の新聞を積んで一生懸命配達する姿に「清楚ないいお嬢さんだなあ、頑張って欲しいなあ」という思いが自然に湧き、何時の頃からか気になる存在になっていった。 東京に知り合いがあまり居ないのでいつも楽しそうにしている上田学園の学生達のことが「羨ましいです」という彼女の言葉に、「いつでも遊びにいらっしゃいね、お菓子でも何でもあるから。お休みのときはここで一日過ごしてもいいわよ、学生達もきっと喜ぶから!」等と話し、集金の時など、時間があるとコーヒーを飲んでいってもらったり、頂いたお菓子のお裾分けをしたり、上田学園のパーティーに誘ったりしていた。そして、「声優かバンドをやりたい!」と言い、上田学園の先生であり“サザエさん”のお舟さんの声の声優、麻生美代子先生や、真希先生のご主人、俳優の佐野史郎さんにアドバイスをもらったりしていた大ちゃんのために、声優学校の入試や授業内容など、色々役立つ情報を彼女からもらった。 「先生にお世話になったので、卒業公演に是非来て下さい。ご招待します」と言いに来てくれた彼女に「お祝いだから!」とキップを買わせてもらって学生たちと観に行った卒業公演。 結構授業内が厳しく、1年目に40名位の人がやめていくと言っていたが、卒業公演までこぎつけた出演者達。舞台の上で一生懸命熱演する彼らの幼い感じのする演技に「この卒業生の中からテレビ・映画・舞台などで活躍する役者さんや俳優さんたちが、色々な苦労をしながら育っていくのだろうな」という思いと、何人の人が「初志貫徹できるのだろうか」という思いと、私達が知っている彼女は「どの人?」と舞台上の一人一人を目で追いながら、顔や背丈に関係なく同じ日舞を踊っていても同じ演技をしていても、何だかその人だけが光って見え、目が離せない人に思わず「そうなのよね、同じことをしていても、なんだか目立っていて目が離せない。これが個性の本質なのよね・・・」等と、とりとめも無い雑念にとらわれていた私も、いつの間にか彼らの一生懸命さに引き込まれていった。 「大ちゃん、来年この研究所受験する?」 「そうだろうなあ、大ちゃんの年齢では彼らの演技はきっと小学校の学芸会にしか見えないだろうな。あそこまで来るのにどれだけ泣いたか、どれだけ赤恥かいたか理解できないだろうなあ。まだまだ時間がかかるだろうなあ…、好きなことをやるために嫌いなことも苦手なこともやらなければならないと、頭で理解していることを行動に移せるようになるには」等と考えながら、食事に行く学生たちと別れ、雨が降り出した吉祥寺の街を黙々と歩いて、帰宅した。 世の中面白い。「私は大人です」等と、大人は絶対言わない。むしろ「いや若輩者なので、色々ご忠告して頂きたい」と言い、子供は「もう大人だから、いちいち小言を言わないで」と言う。 友達がたくさんいる人ほど、一人一人の友達を大切にし、友達のいない人ほど友達を粗末に扱い、少ない友達をもっと少なくする。 「毎日が退屈で死にそうだ!」と嘆く人ほど、やらなければいけないことは先延ばしにし、もっと退屈な生活をする。忙しい人ほど上手に時間を使って、毎日充実した楽しい生活をしている。 考えれば考えるほど、世の中面白い。 お金のある人ほど、人のためにはお金は遣わない。お金のない人ほど、自分のことよりも人のためにお金を遣おうとする。 世の中からあまり評価されていない人ほど、「勉強が出来て、結構優秀だったんですよ」等と、何十年も前のことでも自慢にし、世の中から評価されている人ほど「お恥ずかしい話、学生時代は出来なくてね」と言う。 子供を大切にする人ほど子供に厳しく、子供を大切にしない人ほど、子供に甘い。 考えれば考えるほど、この世の中は面白い。「世の中、ままにならない!」ということなのだろう。ままにならない世の中だから、ままになるよう努力するし、チャレンジする価値があるのだろう。チャレンジして成功しようとすると、そこにはおのずから努力している自分がおり、その結果例え成功しなくても、結果を超越した充実感がもてるのだろう。その充実感が、卒業公演という舞台で一生懸命演技した彼女の涙になったのだろう。 上田学園の学生達も、いつかそんな涙を流す日が来るだろう。人のことで流す涙も美しいが、一生懸命やった自分に対して思わず流す涙も美しい。そして無意識に流した涙は、人を感動させ、反省させ、元気付けてくれる。成チェリンが感動したように。 卒業公演を無事終えた彼女。卒業式はきっと来年の春だろう。彼女はまだずっと住み込みで仕事を続けるのだろうか。届けに来たキップを受け取りならが何気なく「いい役ですか?」と質問した成チェリンに「どんな役でも大切な役ですから」と言い、自分が主役かどうかではなく一生懸命やると表明した彼女。でもいい役をやっていた彼女。そんな彼女だから、きっとどこかのオーディションを受け、夢に向かって進んでいくことだろう。 上田学園に新聞を配達してくれるようになって1年目になる頃が卒業式。「ご苦労様!」と「卒業おめでとう!」の気持ちをこめて、小さな花束をまた贈らせてもうらおう。出来たら、上田学園の学生達と一緒に。
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