●学園長のひとり言
 

平成17年3月19日

 (毎週1回)

他人の痛み!

件名: いつになったら暖かくなるんだよ
  
        こんばんは。
        荻原です。

        オッチャン
        風呂入っていますか。
        ヒゲそっていますか。 
        楽しんでいますか。

        こっちはもう明日タイに出発するのに
        まだ片付けてないことが今日の夜に分かり
        やっている所だ。
        相変わらずだ。

こんな文章で始まるメールがオッチャンの所へ荻ちゃから送られた。その荻ちゃのメールに皆の顔がほころぶ、「荻ちゃらしいネ」っと言って。

入学当初、大ちゃんとのトラブルで大声をあげて怒鳴ったというオッチャン。その報告を受け思わず「よくやったね、先生嬉しいわ!感情を表に出すのは人間として当たり前のこと。穏やかなオッチャにすると珍しいことでしょ?オッチャにとっての第一反抗期見たいなもんだ、今回の出来事は。ただちょっと注意して。気持ちを抑えすぎると爆発したとき大事になるから。阪神淡路大震のようにならないように、小さい爆発を重ね体に溜まった不要なエネルギーを少しずつ発散させること」という言葉に頷いていたオッチャン。あれからまる2年がたつた。

世間に全く感心をしめさないかのようだったオッチャンのファッションが変わり、まるで哲学者か画家のような風貌に磨きがかかりると同時に、オッチャンの穏やかな人柄に学生たちがいつの間にかオッチャンの存在を自分の中で大きなものにしたこの2年間。「上田学園で一番劇的変化を遂げた学生は、それはオッチャン!」と学生たち言われるほど大きな変化を遂げ、この4月からはいよいよ上田学園3年目に入る上田学園の長兄、オッチャン。彼の思いがけない“第二反抗期(?)”で、心のままに自主休講。どこかに行ってしまった。

正直で真面目なオッチャンが連絡もなく急に学校を休み家にも帰ってこない、とルームシェアーをしている卒業生のタッチが心配して連絡してきたときはオッチャンもお年頃。「女性問題の悩み?」と思わず嬉しくなって「女の人の問題なら嬉しいのにね」などと言って、あまり心配もしなかった。どこかで安心していた「オッチャンなら無茶しないし、長い人生そんな時もあるわよ」と。

しかし、それが2週間にもなると責任感の強い彼だけに彼の担当の日本語の生徒をほっぽりだして休むことは絶対あり得ない行動なので心配になり「大丈夫かな?事件にでも巻き込まれているんじゃないのかしら?」等と考え、心配で眠れなくなり「どうしちゃったんだろう?何か気づかなかった?」などと、皆で顔を見合わせることが多くなっていった。

「俺、全然気づかなかった、何も考えずになんでもかんでもオッチャンに頼んでやってもらっていたことに」フッと藤ちゃの口からそんな言葉が漏れた。

皆がなんとなくオッチャンを頼りにしていたことに気づかされる。そして「疲れたろうな」という思いと、なんだか申し訳ないような気にもなっていた。

タイ旅行のリーダーだったオッチャンの穴埋めは大変だった。何しろ上田学園の生徒、自分のこと以外周りのことはあまり気にしない。報告会をしていても、たいてい他のことをしながら聞いている。ノートもとらない。前回の書類に目も通してもいない。「学びの場」だから自分達で全部しなければならないと思い込み、体験しないといけないと考えている。それも“デッドライン”という人生には絶対不可欠な条件を無視して。

確かに上田学園は何でも学生たちにやらせる。しかしあらゆることにデッドラインがあり、そのデッドラインをクリヤーにすることが、ある意味一番重要な“学び”になるのだが。そのデットラインを守るために決められた時間内でどれだけ正確な情報を集めて判断し実践していくかで、計画が「成就」か「失敗」かに分かれていくことを全く理解していない。そして短時間で的確な情報を集める方法の中に先人の“知恵”や“経験”が入っていることを認めようとはしない「オリジナルにならない」とか言って。

そんなテンヤワンヤの中、「申し訳ありませんが、メンタル的不安定のため タイ出発までの間、会議・説明会等の一切を欠席します。決定事項については各担当者または責任者のヒロポンに一任します」という手紙を残して、ワタちゃんがこれまた“明るい”自主休講をした。

一任されたヒロポンは「女が怒ることと、女が泣くことが一番苦手なんだ。世の中、こんな怖いことはないからね」と毎日アタフタと動き回わる。そんな彼をサポートして「オッチャンの仕事をとっちゃって、悪くないか?」と言いながら、ヒロポンが指示することをコツコツとやる荻ちゃ。いつの間にか、大きな表が白板を埋め尽くす。学んだことをしっかり応用する藤ちゃが「Eスポーツのアルバイト」で学んだのだろうと思われる手法で、一つ一つの問題点を書き出し、確認していく。その横でここ数ヶ月で英語力があがってきているナルチェリンが、ホテルやレストランに一生懸命英語のメールを書いて送っている。皆でオッチャンのことを心配しながら。

「先生、今日の6時に『絶対学校に来てくれ』とメールをオッチャンに打ちました」とナルチェリン。「来なかったらどうしよう?」と心配する。その横で、英語の個人レッスンは1年前にとっくに終わっているのに、上田学園の学生以上に上田学園にいつもいる高橋君が「大丈夫ですよ、オッチャン来ますよ」と皆に言ってくれる。その言葉に皆は、何となくホッとしようとする。

20分遅れでやって来たというオッチャン。元気そうなのでホッとする。どう対応していいか分からず、何となくオッチャンの周りをウロウロする学生たち。そんな彼らにどう対応していいか戸惑っているオッチャン。ギクシャクはしている教室中の雰囲気も、何となくホッとしている。嬉しくて私の声が裏返る。

どんな悩みがあったのか。どんなことを考えてきたのか。どんなことをしたいのか。「先生、すいませんでした!」と丁寧に頭を下げる彼に、いい時期に私を含む上田学園の生徒達にたくさんの心配と忙しい時間をくれたオッチャンに、何だか感謝したくなった、学生たちも私たちも「人の痛み」について改めて色々考えさせてもらったし、学生たちの不器用な優しさにも触れることが出来た。

オッチャンを含む自主休講組みのワタちゃんも、先発隊としてナルチェリンや荻ちゃん、藤ちゃんと元気にタイに向けて出発していった。そして2日遅れてヒロポンの添乗で、平野先生と高田先生と私は明日タイに出発する。タイの学生たちが待っていてくれるピサのロークに向けて。

緊張気味のヒロポンはタイ人学生たちとの交流会で、野原先生の授業でリサーチした”タイ人もびっくり!”と思うタイについてのクイズ原稿を一生懸命打ち込んでいる。あの緊張した2週間が嘘だったようないつもの上田学園の穏やかな陽だまりで。

 

 

バックナンバーはこちらからどうぞ