●学園長のひとり言

平成17年5月17日

 (毎週1回)

                たかが応援団、されど応援団


「金融関係なんかとんでもない!真面目な人間のやることではない!」、証券アナリストの勉強をしたいと願う彼の将来を案じるご両親の大反対にあい「チェリンの家の阿弥陀くじは、何を引いても全部”大阪”と書いてあるんだよな」と、同居人のヒロポンの解説に思わず吹き出した後輩達を見ながらに、ニヤっと笑って「親に頼まれて俺を説得しようとする従兄弟の顔を見ながら、マジ『俺はこういう人間にはなりたくない!』と思ったよ」と強気で答えていた彼。

そんな強気の発言とは裏腹に、このままいったら大好きな親も従兄弟も親類も大阪も心底嫌いになり、本当に寄りつかなくなるのではと危惧したくなるほど悩んでいた。

「ビックリしました。大手企業の社長室はすごいです、広くて綺麗で。専務さんも同席してくれてお寿司をご馳走になりながら先生から色々金融の話を聞いてきました。先生に『大学には行かないのか?』と聞かれました。でも全くその気がないと、話しました」

色々な先生にアポイントをとり、先生達の会社にお邪魔して自分が将来すすみたい業界の話を聞いたり、人生の先輩である先生方の経験談を聞いたり、ネットで情報を集めたり、家族を頼れない今後の生活、将来の仕事、色々悩みながら「自分でしっかり納得したいから」と、彼なりに一生懸命考えていたチェリン。新聞販売店に住み込みで働きながら、証券アナリストの勉強をすることを決めたと報告してくれた。

「愛情から、色々親は意見を言ってくれる。でもそれが納得できず、自分のやりたいことがあるのであれば、親の思う通りにする必要はないと思う。親も教師も大人も人間だから『よかれ』と思ってやったことでも、間違えることがあるから。ナルチェリンが本当にやりたいことをするのがいいし、それに関して出来るだけ応援する。でも親の思惑とは違う人生を選択するということは、人の何十倍も幸せにならないといけないと思うし、時が来たら、人の何十倍も親孝行ができる人間になっていて欲しい」という私の言葉に、しっかり頷きなら聞いていた彼は、アパートも引き払い、新聞販売店に住み込んだ。

「チェリンが練習しています!」、生徒の声に慌てて外に飛び出した私の目の中に、新販売店の方の誘導で一生懸命、しかしおっかなびっくりのヘッピリ腰で、原付バイクの練習をしているチェリンの姿が飛び込んできた。そして350軒の配達箇所を、担当者に誘導されながら地図片手に周っているという。

内心、もう一年上田学園で預かりたいと思った。しかし預かっても今のままだろうということも、分かっていた。それより社会に出る前に、大学やそれに匹敵するところで彼を鍛えてもらえるところがないか、1年間近く彼を見ながら考え、模索していた。その中にイギリスの大学も入っていた。しかし彼は日本で勉強することを選択した。そしてここ数ヶ月の彼の悩みが、チェリンを大きく成長させている。ナルチェリンの特技の“ケアレスミス”も自分で気付きだし、キチンとそれを補おうと努力し始めている。ほんの少し前の彼なら100%言い訳に終始していたようなことでも。

住み込みで働きだした彼は、本当の意味で生まれて初めて他人の中で生活を始めたようなものだ。

今は見習中。実際に朝刊と夕刊の配達が本格的に始ったら、大変だろう。彼の他にも数名の住み込みの大学生や劇団研修生たちがいるという。その中には女性もいるという。そんな彼らの中での交流や仕事の“大変さ”がナルチェリンを素敵な大人に成長させてくれるという予感は、する。それを考えるとなんだか嬉しくなる。「頑張れ!」と応援したくなる。そして、その貴重な時間の合間、大ちゃんの高校卒業程度認定試験の世界史をボランティアで教えてくれるという。その準備を、教える2時間前に来て黙々とやっている。そんな今の彼の姿に感動さえする。そして大ちゃんに勉強させながら、その横で自分も一生懸命勉強すると言う。

世の中、親の愛情やサポートほど大変な人生を乗り越え、自分なりの人生を切り開くときの大きな心の支えになるものは、ない。

将来どんな花を咲かせるのか楽しみのたくさんあるチェリンという素敵な男の子の応援団・団長という任務を、天から頂いているご両親は、彼の人生の”今の時”の応援団・団長の任務を辞任しようとしていると、チェリンが心細げに話していた。この歳になっても応援団・団長をしっかり努めてくれる94歳の母に助けられている我が身を考えると、チェリンがどんな思いでいるのかが分かり、なんだか可哀想になる。

しかし、可哀想という同情は極力したくない。今の可哀想という状態があればこそ「こんなに立派になった自分がいる」と言えるようになれば、今の可哀想な状態は、決して悪いことではない。むしろ厳しく対応してくれたご両親に心から感謝するようになるだろう。そういうふうになれればいいなと、心から願っている。だからこそ、出来る限りの応援はしていく。他の先生や大家さんたちに支えられながら。

大学入学資格検定試験が廃止され、今年から高等学校卒業程度認定試験とう名前になり、その第一回の試験を福島から東京にベットを移動させ「ひねもすのたり」のロング睡眠を楽しんでいた上田学園の学生の大ちゃんが、長い睡眠休暇からやっともどり、受験するという。

今までは「親が決めたから」「先生が決めたから」とか言って、ちょっと難しくなると逃げ回って睡眠休暇を楽しんでいた大ちゃん。自分でどうしたいか考えるという申し出でをうけ、了承。最終的には自分の意志で上田学園の勉強をしながら受験をすることを、決めた。

そんな彼をどう応援しようかと、計画をすすめている私の「助けて欲しい」という申し出に、長い間大ちゃんの自主的睡眠休暇をずっと見てきた他の学生たちからは大ちゃんの決意が信じてもらえず、内心焦っていた私の気持ちを察してでもいるかのように、また大ちゃんが本気で勉強し始めたのを見て、少しずつ受験勉強の応援団員として彼の勉強を助けてくれると、学生たちが動きだした。「夜9時すぎてもよければ、会社の帰りによって教えてあげるよ」と卒業生のタッチまでも申し出てくれた。

まだまだ問題は山積みしているが、それでも日に日に素直に他の生徒達の指示に従い、過去問題を嫌がらずにやりだした大ちゃん。そんな大ちゃんを陰ならが応援し、一番始めに行動してくれたのが、上田学園の大家さんの布施木さんだった。

毎日学校に出てきて勉強を開始した大ちゃんに「朝食は大切」と、時々自主休講をする大ちゃんのスケジュールに関係なく、一日も休まずお弁当を作って大ちゃんのアパートのドアにぶら下げておいてくれている。そしてそんな彼女に感激した大家さんの仲良し組みのお一人の大ちゃんの大家さんまでもが、今まで以上に色々気を使って下さり「今日も学校に行ったかしら」等と心配して下さっている。

自分で決定して3年目を開始した大ちゃんだが、まだまだ、彼を応援し、彼をしっかりサポートしていこうと考えている人たちのことが目に入らないことも、ある。でも、少し前の彼と比べたら比較にならないほど、前向きになっている。それだけに、大ちゃんがどう私たちに合わせてくれるかを待つのではなく、大ちゃんを信じ、ただただ一生懸命私たちの出来ることをして、大ちゃんを応援していこうと決め、学生たちや大家さんたちの協力に支えられながら応援を開始した。

どの子も、どの子の問題も心配なことはたくさんあり、時々何がなんだかわからなくなる。でも、やっぱり彼らに願うのはただただしっかり自分の頭で考え、判断し、決定し、前進していって欲しいということだけだ。

一生懸命考え、一生懸命判断し、一生懸命行動したことは、例え一時的に挫折を味わったとしても結果、必ず何かを自分の手の中に握って挫折から立ち上がっていくだろう。

JR福知山線の脱線事故で多くの方々が亡くなっている中、それを知りながらボーリングをしたり宴会をしたりしていたJRの社員達。事故の電車に乗り合わせたJRの運転手二人が救命活動もせず、そのまま出社して運転業務についていたりと、その場の状況を把握し、自分の頭で考え、自分で判断しなかった彼らに、世間は大きな非難を浴びせている。でも非難を浴びせるだけでなく、自分の頭を本当の意味で“使う”という事を学んでこなかった私たちも、彼らと同じようなことをやる可能性があることを知っておくべきだろう。それが学びだと思う。

状況判断をすること。自分の頭で考えること。自分の考えで結論をだすこと。自分の考えで行動すること。その全てが当たり前に出来ない今までの日本の現状が浮き彫りにされていることに、日本中が気づかなければいけないと思う。

「時代は確実に変わりつつある」と誰もが認めている。しかし、現実に変化を始めていることに気づき、次世代の世の中がどう流れ、どんな方向に行くのかをしっかりリサーチし想像しながら、世の中がどう変化しようとしているのかを認めることは、以外と勇気がいるのも、事実だ。

自分で考え判断するという大切な問題には目をつむり、人の判断、人の考え、人の行動を見ながらその後ろを一生懸命追いかけ、そして何かことが起きると「俺が決めたんじゃない」という言い訳に終始する。自分の責任で何もしないことを正当化しようとでもするかのように。

自分一人で何かを決め、行動することは難しいし、恐ろしい。だからこそ、正確な情報を集め、判断する判断力が必要になると同時に、それを応援してくれる強い味方、即ち応援団が必要なのだ。その役目が出来るのが、親であり、兄弟であり、友達だや周りの人たちなのだが。

長い間ひきこもっていたヒロポンは10月の卒業に向け、卒業後のことを自分で考え自分で判断を下そうと、情報収集を始めている。

今の彼には以前の彼の中には全く存在しなかっただろう「大学進学」という選択肢も出てきている。アニメ作家になることが夢のようだが、それでも「年金生活」を希望する彼にとって、「年金生活」をするために長い間仕事に従事しなければならないことに関し、どんな仕事に就こうかと考えているようだ。

オッチャンは、「仕事」の初体験をしている。週一回、研修日の月曜日と、授業に支障をきたさないかぎりもう一日、デザイン事務所でお金を頂戴して研修をしている。

時間通り、思い通りに仕事が進まないと言う。でも続けて行きたいとも言う。卒業後に何をするかまだ分からないとも言う。

進学するにしても、仕事を始めるにしても、それまでにまだまだ十分時間がある。しっかり考えて結論を出していったらいいと考えている。その為にどんな応援が出来るか、じっと彼の行動を見、話をし、考え、模索しているところだ。

ここのところずっと「心、ここにあらず」と授業も宿題もなんとなく表面的にこなしているだけで、貴重な時間が過ぎて行くように見える渡ちゃんを心配していた私に、二つの劇団の手伝いをかけもちでやっているらしいという学生の言葉に「大丈夫かな?」と心配した。案の定、あちらこちらと失敗が重なっている。きっとこの調子だと、劇団の方でも色々な失敗をしているだろう。私はどんな応援をしたらいいのか、彼女と真正面から向き合いながら話し合い、彼女がのびのびと彼女らしい生き方の方向に向かって進んでいけるよう、彼女に寄り添って応援出来る方法を見つけていくつもりだ。

藤チャも荻チャも自分のペースでしっかり動き出している。彼らに対する応援は、簡単だ。ただただ心から応援すればいいからだ。勿論、所々に「あれ?」という出来事が起こるが、それはその時にチョッと応援の手を休め、じっくり話し合えば何とかなると思う。

フッとこのホームページを書いていて思い出した、学生時代のことを。

女子高に行っていた私は、平凡が一番難しいから、平凡に生きたいと本気で考えていた。そして、普通に結婚し子供は9人くらい。金銭的余裕があったらたくさん養子を迎えよう。子供たち全員でサッカーチームを作り、その応援団・団長として、一番前に陣取り「お母さんやめて。恥ずかしいからそんな大声を出さないで」と言われるほど大声を張り上げて応援をしようと、漠然と考え、そんな自分を想像して楽しんでいた。

今私は学生たちの応援団長。どんなに大変でも、学生たちが自分で生きていけるよう、どんな困難なことに立ち向かっても頑張っていけるよう、彼らを信じ一生懸命応援していくつもりだ。

ことあるごとに変化をとげ、キラキラ輝きだすダイヤの原石のような優秀な学生たちと、そんな素晴らしい、そして大切なお子さんをお預け下さるご両親に対して感謝の気持をこめて、この歳になっても子供の立場で94歳の母に応援され、兄弟や従兄弟達、友人達、先生方から応援されていることで頑張っていられる自分だからこそ、出来ることは微々たるものだが、それでも学生たちの応援団・団長を謙虚につとめさせていただこうと、考えている。

 

 

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