●学園長のひとり言

平成17年11月06日
 (毎週1回)

友達は作るもの、出来るもの?

「上田学園には友達がいねえー」「学校はつまらねー」
そんな悲鳴をあげていた学生は多かった。彼らにとって友達というのは、何をしなくても出来るもの、面白ことは向こうからやってくるものと信じて疑っていなかったようだ。

地味なことを繰り返して学ぶ勉強は「嫌い」。だからといって何かに死ぬほどのめりこむわけでもなく「面白くねー」を連発していた、青春真っ只中にいるはずの一番素敵な年齢なのに。

決して上田学園の学生だけの問題ではない。一般の若者を含め、「つまんねー」と思って生きている大人たちもたくさんいるはずだ。そんな多くの人たちが「忘れている」、「勘違いしている」と思えることがある。

「面白い」と思えるのは、色々な雑学のストックが自分の中にあり、外から入ってきた新しい知識がそのストックに触れることによりはじめて化学変化のように変化して「面白い」と思え、興味がわいてくるのだろう。そのためには、ストックを貯めなければならない。そのストックがないということは、面白いことや楽しいことが全く自分のところにはやって来ないということであり、その事実に気づいていないし、気づかせられてもいないということなのだろう。ましてそのストックを貯めるためには興味のないことを「授業」とか「宿題」とか「必然的に」か、「強制的に」か、嫌々だろうがなんだろうが着手し、継続することによってしか蓄積されないということにも。

何もしないで口をあけていれば面白いことが「やって来る」と思い込んでいたり、場所がかわれば、面白ことや楽しいことは自然に湧いてくると思い込んで学校を替えたり、日本を脱出したり、会社を辞めたり、転職したりと、自分の背景だけを取り替えることに躍起になり、自分が努力しないことに何の疑問も持たない。

会社だろうが、学校だろうが、家庭だろうが、「面白い」「楽しい」と思えるようになるには、雑学のストックが必要であり、そのストックを貯める努力と、自力で楽しんだり面白がったりする力が育つような努力がなされていなければ、どんなに楽しいことや面白いことが目の前で起こったとしても、全く気づけず、「面白くねー」とあさってを向いて、楽しめることや面白いことを見逃してしまうという残念なことをしてしまう。

学校を楽しい場所にするには、学校は何のために行くのかを理解し、楽しむために「こつこつ学ぶ」というセンサーを自分の中に植えつける必要があり、それがその後にもっと大きな楽しみをみつけるチャンスにつながっていくことを理解するべきだろう。

会社の仕事を「楽しい」と思えるようにするには、自分の仕事はどんな価値があるのかを知らなければ、楽しめない。そのための努力が不可欠であると同時に、働くということは「はた(傍)を楽にすることだ」ということを理解し、自分の周りの人間が楽に働けるようにと、仕事の内容を分析し、それ相当の対応で仕事が出来るように自分を磨くと同時、周りに対する心配りもきちんと出来るようにしてはじめて、会社の仕事が楽しいものになるだろう。

家庭もおなじだ。家庭の仕事を楽しめるのは、家庭の仕事は何のためにあるのるかをしっかり理解していれば、「社会から置いていかれる」とか「男だけがいい思いをしている」とか、子育てで「自分の時間がない、損だ!」などとは思わなくなるだろう。むしろ会社の仕事と家庭の仕事は扱っているものが違うだけで、全く同じだということに気づかされるだろうし、まして主婦業はまるで会社の社長業のようなものであることにも気づかされ、責任の重大さに逃げ出したくなることもあるだろう。だから主婦業は大変なのだが。

世の中、何事も自分仕様には出来ていない。だからこそ、自分がどんな社会でも生きていけるようにするために、自分の生き方を他力本願ではなく自力本願で生きる人間にする努力が、今まで以上に必要になっていくだろう。

友達が出来ないのは、友達と上手に付き合えないのは、自分がどんな友達になりたいかを全く考えていないからだろう。

友達は出来るものではない、作るものだからだ。それだからこそ、自分が欲しいと考えている友達は自分のような人間なのか。もし自分が他人だったら自分を友達にしたいと考えるかを、しっかり考えなければ友達は作れないだろう。

一方通行の、自分勝手な思いだけでは何も出来ない。勿論、友達が自然に出来ることもある、なんの努力もしないで。しかし実際は、無意識のうちに自分を大切にするから、相手も大切にするという姿勢が身についており、それが元になってその上にお互いを「面白い、目が離せない」と感じる魅力として、相手の持っている色々な雑学が自分の雑学のある部分に触れたからこそ、友達になれたのだろう。

お互いを魅力に感じた魅力は、毎日の努力で培われたものだ。その努力を怠って相手にだけ自分の望みを押し付ける人間には、何も培われない。だから本当の友達が出来ないのだ。

上田学園は毎日毎日学生達が成長し、顔付きが変わっている。そんな彼らを先生達が「夏休みの2ヶ月間会わなかっただけなのに、ここの学生はすごいですね」と感嘆してくださる。

毎回毎回「学生達は凄い!」とこのホームページで連呼する私でさえ、ここ数ヶ月の学生達の変化には目を見張るものがあり、授業が「つまらない」とか、「人と上手く係われない」とか言う言葉を聞くと、「随分懐かしい言葉、上田学園の学生達もよくそんなことをぼやいていたな」と思ってしまうほど、今の彼らにはボヤク時間もボヤク暇も、ボヤク必要もないほど学ぶことを楽しみだしている。そんな彼らの様子を見たり聞いたりするたびに、ほんの少しの間に学生達がどれだけ成長したことかを、思いっきり気づかされて、驚かされている。

知識は勿論だが、やさしさ、思いやり、努力、協調、我慢、頑張り。どれをとってもそれぞれの学生が自分のペースでしっかり学び、自然な行為として身につけはじめている。よそ様から見たら現実は「まだまだ!」と言われるだろうが、それでも先生達をうならせるくらい、感心されている。

友達も、面白ことも、楽しいことも、仕事も家庭も、全てのことは全部自分でしか手に入れることは絶対できない。それも自分が欲しいと願い、努力をしなければ。

自分の利益や、自分のやりたいことだけを望むことは、悪いことではない。しかしそのための努力や、我慢や、頑張りは、不可欠なことであり、それを実践するための学びが出来る環境にいるのが、上田学園の学生達だ。

上田学園の学生達にとって上田学園という場は、そこで出会う先生方をはじめとする上田学園に出入りする全ての方々が、生きていく上での良いお手本になるだけではなく、色々な情報や意見を生の声で直接聞かせていただけ、見せていただけ、それによりどんな逆境にいても、どんな幸運の中にいても、それに流されことなく、自分を貫いて生きていけるよう自分をトレーニングする場とすることが出来る所なのだ。

今まで以上に上田学園の先生方が燃えている。学生達を心から可愛いと思い、将来を楽しみにし、ほれ込んで下さっている。先生方をそこまで動かしたのは、上田学園ではない。学生達一人一人だ。

一人一人の学生が出来ることから協力し、努力し、それぞれのテンポで進歩しているからだ。そんな学生達の成長を「いいもの見せてもらっています。ありがとうございます」とお礼を言って下さる先生、「不思議だと思えるほど、面白いですね、こんなに子供って変化するんですね」と学生達と同じ時間を共有できることを感謝してくださる先生、「会社でも一緒に創りたいな。彼らなら創れますよ」と提案してくださる先生など、何度お礼を言っても言い足りないほどお世話になっている先生方が、生徒たちと一緒にいることを感謝してくださっている。

土曜日の授業だけ受講している卒業生のタッチまでもが、「今の学生達は凄い、尊敬しちゃいます」と賞賛してくれる。だから先輩の一人として「頑張らなくちゃ!」とも言う。

どの学生が凄いのでもない。お互いにお互いを大切に思い、出来ることを一生懸命しようと努力しているお互いを認め合い、お互いが協力しながら影響しあっている全ての学生が凄いのだ。そんな彼らを一段と美味しくしているのが卒業生であり聴講生でもあるタッチと成チェリンだ。

二人の卒業生の聴講生が後輩の成長の凄さを認めると同時に、今週の自分の宿題は先週の自分の宿題に「負けた」と言い、来週は今週の自分の宿題よりも内容のある宿題をしてくると言う。そんな二人の卒業生の「学び方」を学生達が見習っている。そんな二人の卒業生が後輩を思う思いやりを無意識に感じ、それも見習おうとしている。本当に今までにない流れが上田学園には出来てきている、やさしさや思いやりをベースに。

残念なことに世の中は好きなことだけでは、生きていけない。むしろ苦手や嫌いなことで生きていかなければいけないことが多いように思う。だからこそ、苦手や嫌いなことでも楽しめ、面白がることが出来るよう、つまらないこともくだらないと思うことも、大切と思うことと同じように、楽しんでやっている先生方を見習いながら学んでいって欲しいと願っている。

これから上田学園で勉強をしようと考えてくださる学生さんたちにとっては、本当にラッキーチャンスがたくさん当たる学校になっている。なぜなら在校生達が、自分達が苦労して乗り越えてきたことをこれから入学してくる学生達に伝授し、なるべく苦労を少なくして今まで以上に実のある苦労を一緒に出来るよう導いていこうという雰囲気が出来上がって来ているからだ。

「孟母三遷」の例えの通り、こんな雰囲気の中で学び始められれば、いつの間にか自分に自信が付いて社会に出る準備が着々と進んでいくだろうことは、疑う余地がないと思えるほどだ。

友達は出来るものではない、つくるものだ。それと同じように自分の人生を楽しい人生にするのは、自分で努力をしなければ出来ない。

面白い人生をおくるために、どれだけ面白いことをこの世の中から自分の手で探し出せるか、上田学園の授業を通してたくさんの雑学や知識を身につけ、それを持って生きたい世界で生きられるよう頑張って欲しい、たくさんの仲間をつくりながら彼らと一緒に。

 

 

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