●学園長のひとり言
平成18年2月23日
 (毎週1回)

陽だまりの小さな花たち


まだまだ寒さの厳しい中、足早に学校に向かって歩いていると、道端沿いに建つ家の、低いレンガの壁に守られた小さな陽だまり。そこに咲く、名も知られぬ小さな花々が目にとまり、思わず「わあ!」と感嘆の声をあげながら、しゃがみこんで花にさわった。

枯れた草花の中に一見小さくて儚げに咲いているピンクや紫の花々。見れば見るほどしっかりと根をはり、見れば見るほど精巧にできている花たちのその可愛らしさと、可憐な中に逞しさを感じ、なんとも形容できない春風のような優しさと暖かな気持ちが体の中を走り抜けていく。そして目が離せず、ずっと眺めていたいと願う気持ちに「会社に遅れるよ」という現実的な言葉が繰り返し聞こえたような気がして、あわてて歩きだした。

朝から嬉しい出来事。今日は一日中楽しい日になるだろうという予感に、思わず口ずさむ「♪ガンバラナクチャ〜、ガンバラナクッチャ〜♪♪」のマイ・テーマソング。そのテーマソングにあわせて歩きながらフッと思う。何だがあの花たちは上田学園の学生たちみたいだと。

上田学園の学生達にはバラの花や、牡丹の花のような華やかさはない。どんなブランドの花からも程遠い彼らだ。また、彼ら自身がブランドとして成長し、それが当たり前に“似合う”と思えるところまで育つには、まだまだ時間がかかるだろう。彼らはまだまだ発展途上中。でもよく見ると「ブランドなんてどうでもいい」と思えるほど、面白くて、楽しくて、なんとも味のある彼らに思わず目が離せなくなり、いつのまにか彼らの様子に微笑んでしまう。感嘆してしまう。とりこになってしまう。そのときの気持ちは、陽だまりに咲いていた名も知られぬ花達を見ているときと共通するものがある。

「こんな素晴らしい学生さんをお預かりできて、申し訳ありません」と、誰にでも言いたくなるほど、信じられる。彼らには他の人たちにない素晴らしい何かがあり、それがきっと輝きだすだろうことが。バラや牡丹の花のような華やかで艶やかな輝きを発するような人間に成長する学生もいるだろうが、それ以上に、一度目をとめたら目が離せなくなるような、また飽きることもなくじっと眺めていたくなるような、味のある人間に育つのではということが。

一歩前進する度に、大きな喜びをくれる学生達を見ていると、初めての子供をなめるように可愛がる兄達や姉達に諭していた母の言葉を思い出す。 子供には山のような可能性がある。それを生かすのも殺すのも親。子供は親より長く生きていかなければならないからこそ、子供の未来をつぶさず、子供が一人で生きていけるように愛情を持って厳しく大切に、でも育てさせて頂けることに「感謝しながら育てなさい」と言っていた言葉を。

暢気に聞いていた母の言葉。その言葉を上田学園の学生たちを前に度々思い出し、思わず襟を正すことがしばしばある。そして子供たちの中に埋もれている何かをどう引き出し、どうサポートしていったらいいのかと悪戦苦闘する。それも「これでいいのだろうか?本当にこれでいいのだろうか?」と自問自答しながら。

それでも学生達が時々見せる輝きが私に語りかけてくれる。どんなに迷っても、どんなに心を痛めても、生徒たちを信じて「大丈夫だ」と。

仕事に苦労はつきものだ。しかし、苦労を苦労とも思わないですむほど、嬉しいと思える瞬間の一つが、学生達が時々見せてくれる輝きと、その輝きが私の心に語りかけてくれる言葉だ。

現実的には、発展途上中の上田学園の学生たち。床の掃除をしても、そこにあるテーブルの上がどんなに汚れていても、言われなければ「拭かない」。課外活動で先生の舞台を見に行っても、聞かれるまで報告もなければ、勿論、感想も述べない。自分のお茶を入れるなら、他の学生たちに「お茶飲む?」と聞くぐらいの気遣いをして欲しいと思うが、言われるまで気付かない。自分の遅刻で皆が待ちぼうけをしていても、ヌーと教室入って来て「すみません!」の一言もない。そして本当の意味で、自分を大切にしていないのではと思える行動をして、先生方にご迷惑をかける。友達にも迷惑をかける。時々「情けない!」と思えるほど発展途上中だ。

でもなのだ。学生たち一人一人は、どこを見てもどこをとっても形や色や大きさや華やかさを超越し、人の心を感動させる理屈ではない魅力を持った花たちと同じ資質を持っていると確信したくなるものが、たくさんある。ただ発展途上中の彼らと花たちの間に差があるとしたら、目にとめてくれた人たちが、「絶対目を放したくない。ずっと見ていたい」と考えてくれるように、自分らしい輝きを出すために自分を磨く努力の仕方や方法が、未だにしっかり身についていないということだろう。だからこそ、上田学園では先生方が勝手に彼らを磨いてしまうのではなく、「分からない」とか、「めんどくさい」とか言いながら「指示待ちモードに入ろうとする」のを、サンプルを見せたり、磨き方を気付かせたりしながら、「指示待ちモード」から「積極モード」になるまで、じっくり時間をかけ、サポートをして下さっている。

学生たちは確実に昨日より今日、今日より明日と、進化していることを証明してくれている。

プロ使用のカメラを安く貸してくれるところをネットで探し、交渉し、見積りをとり、企画書と一緒に、これだけかかるけれども、こんな理由で最低何日借りたいが「お願いできますか」と交渉に来る学生たちの真剣な顔に、思わず「ヨン様より素敵!」と肩を叩きたくなったり、スタイルばかり気にして遅刻を繰り返していた学生が「寝坊して遅刻しそうになった」と、顔も洗わず飛んでくる様子に、その姿勢が継続してくれることを願いながら、でも「一回目が出来た!」と、顔がほころぶのをおさえることが出来ないでいるのも、事実だ。

学生達がくれる幸わせは、決して大きなものではない。毎日の学校生活の中で起こる何気ないことの中にある。でも、その小さな出来事の積み重ねが将来大きく育っていくために必要な、基礎や土台になるはずだ。

新しい学生たちが入り、3年生の二人が卒業していく。そして今までの先輩たちが育ててくれた上田学園が、新4年生や新3年生に導かれ、新しい学生たちにバトンタッチされ、彼らが輝くために役立つ「彼らの上田学園」として調整され、発展を続けていくだろう。新卒業生たちも同じように、在籍中に身につけた基礎知識を社会で実践しながら、自分らしく輝けるようにと、新しい環境の中でも逞しく自分を磨き続け、確実に答えを出す努力を精一杯するはずだ。

3月18日は上田学園の卒業パーティー。
陽だまりの草むらに咲いていた名も知られぬ花たちのように、大地にしっかり根をはり、どんな環境の中でも、どんな苦労があっても、自分らしい自分の花を咲かせて欲しいと願いながら、すぐそこまで来た上田学園の春を、心から味わいたいと考えている。

 

 

バックナンバーはこちらからどうぞ