●学園長のひとり言

平成20年01月28日
 (週1更新)

モンスターペアレンツ

最近、保育園女性園長が保護者の苦情により投身自殺をした件で、「労災認定」された記事を改めて読んだ。その記事を母に見せながら「何だか情けない世の中になったわね」と大きなため息をついてしまった。

原因は園児の男の子2人が喧嘩になり、片方の子供が軽い怪我をしてしまったことが発端だったそうだ。双方の親を交えて話し合いが行われたが、怪我を受けた子供の親は、相手の子供に掴みかかるなどしても収まらず、その後その親は付きっきりでの保育を園長に命じたりと、園に無理難題を押し付け、また市役所などに苦情や中傷文を送るなど4ヶ月間それが続いたそうだ。その結果無理難題を押し付けられていた園長は「・・・プライドの保てない四ヶ月だった・・・」と言う遺書を残して痛ましい結末を選択してしまったという事件だった。

文科省は何をしているのだろう? 教育委員会は何をしているんだろう?こんな悲しい結末を、大切な子供の教育をお願いしている方に選択させてしまったのに。私が文科省の人間なら、私が教育委員会の人間なら、絶対自殺に追いやった父兄を糾弾し、訴えたろう。勿論、しっかり調査して。

確かに悪い先生は多い。確かに悪い親も多い。でもなのだ、大切な子供の未来がかかっている。喧嘩したくらいで、親が相手の子供に掴みかかったり、園長を死に追いやるまで理不尽なことを言ったりすることを、誰も止める人間がいなかったのだろうか。園長の下で働いていた先生方はどうしていたのだろうか。保護者会の人達は何をしていたのだろうか。「見ざる・聞かざる・言わざる」を決め込んでいたのだろうか。トラブルに巻き込まれたら厄介だからと、ただただ保身に走ったのだろうか。

どんな小さな子でも、子供たちはしっかりみている。この幼稚園に通っていた子供たちはしっかり見ていただろう園長が悩む姿や、親たちがオロオロして何も言えないでいるのを。勿論、夫婦で無理難題をふっかけていた親の子供もだ。今に子供たちからしっぺ返しが来るだろう。モンスターペアレンツの子供はモンスターチルドレンとなって、親も含む大人に仕返しをするだろう。その結果、一番の被害者はモンスターペアレンツだった親だ。親が大きな被害を受けることになるだろう。

子供は親と同じことをする。親が人に無礼を働いたり、無理難題を押し付け自分の権利だけを主張していたら、その子供はそれが“当たり前”と思い、何の不思議もなく他人には勿論だが、親にもやるだろう。その見本がドメスティクバイオレンス(DV)をする人達だ。専門家に言わせると、DVをする人間は、彼らの子供時代、親が全く同じことをしており、その中で育った結果だと。

人は一人では生きられない。孤島で一人で生きていくなら、それもありかもしれないが、普通は人として生活するのではなく、人間として自分の周りの色々な人達とお互いを合わせ鏡のようにして生きていくのだ。だからこそ昔の人は子供を育てるとき「人の振り見て我が振り直せ」とか、「人は鏡。自分の心を映し出す。嫌な顔をしたら、相手もその顔にあった反応をする。」と言って戒め、社会で生きていくときの知恵を授けたのだが。

今は違う。自分の権利のみ主張し、権利には義務があることを全く気付いていないほど、愚かな人間が多くなっているように思う。

愛情という名のもとに、愛情をかける側の自己満足だけで成り立った、ただただ子供の人生をダメにするだけの“公害”のような愛情を煩わしくなるほど振りかけている。その結果、そんな公害のような愛情を盛大に振りかけられて育った子供たちは将来、世の中が自分中心に回っていないことに気付き、その不満を親殺しや家庭内暴力で発散するか、友達を殺したり、ストーカーになって親が自分にしたように、何の疑問も持たず、自分の愛情の押し売りするようになるだろう。

学校教育の現場は、親に教育された子供が生徒となり、集団生活のルールを勉強と一緒に先生をサポーターにして教育されるところだ。その現場では、目に見えない係わり合いと「教育され合う」という大切な関係が出来上がるのだ。

先生から勉強や共同生活の規則を生徒たち学ばされる。生徒と生徒の間で団体生活の一参加者としてお互いを鏡にして「教え合う」と同時に、それを通して先生を育てる。そんな子供たちを通して親は親として成長させられる。子供から成長させられる親たちは、その学びを通して先生を正当に応援することで、先生を育てていく。このところを見逃すと、本当に大きなしっぺ返しがくる。

親ばかりではない、モンスター先生もいる。理不尽なことを生徒に言ったり押し付けたり。人間の基礎が育つ一番大切な時期の子供たちに、自分がどんな影響を与え、それが時には子供の一生を左右することもあるということに気付きもしないで、子供の目を曇らせ、思考能力を停滞させ、人を信用させない人間に育ててしまう。

親はきちんと考えなければいけない。子育てとは、自分が育てられることであり、子供が学校へ上がるようになったら、先生も一緒に育てることだということを。

現代のようにモンスターペアレンツを持って一番損をするのは、子供たちだ。
子供に「よかれ」と思って色々な要求を先生にするだけならまだしも、先生を理不尽に非難したりすれば先生も人間だ。先生の心が萎縮してしまい、先生の一番いいコンディションの中で授業が教えてもらえなくなる。また、子供は子供自身が努力もせず、自分に一番楽で都合のいい環境を手に入れてしまう。しかし、そんな生活が続くはずがない。自分の努力で自分に合った環境づくりをしなければならなくなったとき、努力した経験のない子供は、どうやって自分に合った環境を作っていいか分からず、戸惑い、引きこもるようになる。

親は子供と先生の間の橋渡し役であって、子供の代弁をして先生に苦情を言う“苦情係”ではないはずだ。

モンスターペアレンツもモンスター先生も、モンスターチルドレンも、全て未来の日本をダメにする。その一番の加害者が一番の悲惨な被害者になることを忘れてはいけない。

モンスターペアレンツに言いたい。家庭だろうが学校だろうが社会だろうが、会社だろうが国だろうが、自分の理想とする、自分に100%合い、理想的で、楽しく生きられる場所は、この世には絶対存在しない。そのことを子供にしっかり学ばせるべきだ。

親から自立して一社会人になれるように、また楽しい人生が過ごせるように、今の環境をどう自分に合うようにするか、自分が知恵を働かせ、過ごしやすいようにその隙間を自分で埋める方法を、親はしっかり伝授すべきだ。それは小さな毎日の出来事からでいい。例えば「友達と喧嘩したら、嫌な気持ちになるでしょう。だからお友達と喧嘩しちゃだめよ。叩かれたら痛いでしょう。自分でやられて痛いことは、人にはやめようね。今度喧嘩したくなったら『かけっこで競争をしたら』」とか、その埋め方を教えるのが親がするべき親の役目だと思う。

親は、子供が子供の社会で生きていくうえで起こる子供が理不尽に思うことを、どう理解させ、その気持ちをどう発散させていくかの知恵を授け、社会人になるために、日一日と行動パターンが広がり、家族以外の色々な人間と出会っていく大切な成長期に、社会と子供の橋渡し役であり解説者役であるが、決して“露払い者”でも“使役者”でもないはず。

只今受験シーズン真っ只中。親は受験をする子供に「学校なんか行かなくていいわよ。それより受験勉強しなさい!」と声をかけ、先生には「風邪です」と嘘を言う。そんな親に限って子供が受験に失敗すると先生や学校のせいにし、失敗から何も学ばず学ばせもせず、失敗という大きな経験を無駄にしてしまう。

誰でもモンスターペアレンツになる可能性はある。しかし親の役目は子供が自分の傍にいるときにこそ一杯失敗させことだと考えている。だからこそ、起きた問題をどう解決するかの知恵を授けていけることを「ラッキー!」と考えるべきだと思う。目の届くところにいる間の出来事は、親はいくらでも慰めたり励ましたり出来るし、それをしながらどう挫折から立ち上がるか、失敗を「成功のチャンス」ととらえ、どう生かすか、どう実践するかを、教えることができるからだ。

近視眼的に今の出来事に一喜一憂するべきではない。子供の長い人生を考え、子供の人生の基礎をなす大きなラッキーチャンスとして長いスパンで子供の上に起こることをとらえるべきだ。そのために親はいつまでも子供の側にいられないという事実をしっかり受け入れて、どう子供の生活に口出しをするのかを、考えて欲しいと願っている。

たった数人で営まれる上田学園だが、毎日毎日色々な出来事が起こる。そのたびに悩み、眠れなくなる。時々投げ出したくなる時もある。でも何が起こってもそれが反面教師になったり、反省材料になったりと、学生たちが成長する大きな役目を担ってくれている。だからこそ、悩み、眠れなくなり、歩いていても目がくるくる回ったりすることがあっても、それでも問題が起こるたびに「やった!」と、心の底の底で大喜びする私がいる。

上田学園に在籍している間こそ、失敗をたくさん積み重ね、その失敗から色々なことを学んで逞しく育って社会に出て行って欲しいと、ことあるごとに願っている。失敗から逃げず、一生懸命生還して卒業していった卒業生は全員、素敵に自立して自分らしく社会で活躍している。それが大きな学園の応援団として私たちの考えを後押ししてくれている。だからこそ、モンスターペアレンツには願わずにはいられない、子供を心から愛し心配して欲しいと。決して、子供の露払いや苦情係に成り果てないで欲しいと。それこそが、子供に必要な親なのだと。

 

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