●学園長のひとり言

平成20年05月08日
 (週1更新)

一つ笑って、二つ笑って

 

一日何回笑えるか、今の上田学園のテーマだ。とは言っても勝手に上田学園のテーマにしているのだが。

上田学園で勉強している学生たちは上田学園に入学してくる前、なんらかの問題を抱え、その問題を抱えたまま何とか自分を変えたいと願って入学してきている。その問題は個々によってちがう。

親との問題だったり、兄弟との問題だったり、友人との問題だったり、学校の先生との問題だったりと、問題の大きさも色々だ。しかしただ一ついえることは、それで心が大きく傷ついているということであり、どこかに人間不信があり、長い間他人を受け入れてこなかったという事実だ。それだけに、まず上田学園に入学するとき、個々の問題と照らし合わせて、とは言ってもまだよく分からないこともあるので、分かる範囲の中で「今学期の目標」を一緒に考え、まずそれを自分の閉じこもっている殻から外に出る第一歩とさせているが、新入生の場合は家から出ること。学校に来ること。授業を受けることを第一歩にさせることが多い。

そんな中、新入生だが学校には一生懸命努力して来ようとしている学生がいる。桑マン君だ。桑マン君は昔のヒラノッチを思いださせるほど、初期ヒラノッチと同じように自分の存在がどこにもないように振舞うところがある。

誰にも自分の存在を確認されないよう、誰からも質問も何もされないよう一生懸命振舞う。とは言っても本人はその気は全くなく、何気なく“忍法必殺無存在の術”を使っているだけのようなのだが。

桑マンは、本当はとても面白い人間なのではないかと彼の書いた文章から想像している。細身でジャニーズ系の顔をして、関ジャニならぬ吉ジャニとても呼びたいくらいなのだが、そんなことに本人はいたって無関心で、いつもひっそりと座っているだけなのだが。そんな彼を他の学生がとても気にかけている、「時間がたてば大丈夫ですよ」と言いながらも。ただ誰もが認めるほど桑マンは頭のいい学生だ。その証拠に一ヶ月近く前の授業内容を全部答えられる。それも細かい数字が答えられるのは、彼だけだ。そんな桑マンが声を出して笑ったら問題の一つが解決し、次のステップにいけるだろうと、考えている。

私にとってもそうだが、大口を開けて大きな声でよく笑う者にとって、笑うことは難しいことではないのだが、長い間人の前で笑わないできた者にとっては、人前で笑うことは難しいようだ。それも大きな声をあげて笑うということは。そんな桑マンが笑った。それは「田植ツアー」のことだった。

この連休の3・4日の二日間で「田植ツアー」に参加した。

単発授業でも講師としてお話くださった、この学校の近くの「金井米店」の若き跡取りの元証券マンの金井先生たちに誘われて参加した「田植ツアー」。「食育」や「地産地消」に興味があり、学生たちの未来を考えるとき、絶対学生たちも知るべきだと考えていたことではあるが、今流行の「田植ツアー」なら参加しなかったかもしれない。が、金井先生たち若いお米屋さんたちが作っている「消費者にいいお米を提供するためには、生産者からただ安くお米を買うのではなく、生産者を応援し、いい生産者を育てる。そのためにいいお米はそれに見合った値段で買う」という趣旨に賛同したからだ。これこそ、「品格のある企業人」だと考え、そんな若い方たちと上田学園の生徒たちが知り合いになれたら、大人たちから「ああやれ、こうやれ」と言われる以上にいい影響を受け、いい学びをしてくれるだろうと考えたからだった。

思惑は当たった。

どこにも気負ったところのない謙虚で暖かな金井先生の仲間の皆さんと、その皆さんから応援されていることが納得できる親切な杉山ファーマーの御家族の皆さんから心のこもった歓迎や歓待を受け、御家族や仲間の皆さんが醸し出すなんとも穏やかな時間の流れの中、田植の指導を受け、学生たちの誰もが穏やかに楽しく過ごした1日。桑マンが時々ニコッと笑い、「トラクターが面白かったです」と自分の方から言ってきたり、翌日に行った益子焼の「陶器市」でネモッちゃんが「チボイ」と書かれたお店の看板を「キモイ」と誤読し、思わず写真に撮ろうとしたことを知り、思わず噴出し、それを隠すように下を向いて声を出して笑っていた桑マン。この笑いが第一歩で、上田学園でもっともっと自然に振舞えるようになり、そのうち桑マン本来の姿が戻ってくるのだろうと、嬉しくなった。

「オギッチは、どうしてこんな顔で何時も写真を撮られるの?」
「猫を追いかけているときのオギッチ、可愛いよね?」

学生たちが田植ツアーのときの写真を見ながら大笑いをしている。

一番最後に入学し、一番年少で、親御さんのお仕事でアフリカに住み、数年間現地にあるインターナショナルスクールに行っていた18歳のまやさんも自分の写真がパソコンに映し出される度に「そんな写真見せないで、やめて!」と悲鳴を上げて笑いころげている。

余りの醜さに、私も自分の写真が出るたびに「お願いだから、顔だけ藤原紀香にしておいて!」と悲鳴を上げる。学生たちの笑い声が気持ちのいい初夏の上田学園の教室を包み込んでいく。そんな学生たちの楽しそうな様子を見ながら願わずにはいられない。一つ笑って、二つ笑って。いつか学生たちの心がもっと軽くなり、心から笑えることが一日に何度もありますようにと。

 

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