●学園長のひとり言

平成20年09月17日
 (週1更新)

楽しい汗、嬉しい汗

 

カチャカチャと忙しそうにナビをいじくりまわすオギッチ。その隣で久しぶりに運転するハッチが「ナビの通りではなく、自分で調べた方法で行きます」と、独り言のようにぶつぶつ言っている。そんな二人のやりとりに7人乗りのバンの後方に座っていたヒラノッチや境さんが噴出し、釣られて皆で大笑い。

実りの秋。収穫の秋。馬肥ゆる秋。猛暑も一段落した15日、連休を利用して稲刈りに出かけた上田学園の学生たち。車に同乗させて頂いた5月の田植のときとは違い、今回は途中の蓮田のインターチェンジで、田植に誘ってくださった若いお米屋さんのグループの皆さんとの待ち合わせ。

消費者に安全で美味しいお米を食べて頂くために、正当な値段で取引の出来るいい生産者を育て、そして自分たちもきちんと商売をする。そんな商売人としては当たり前なことが忘れられている昨今、近江商人の「三方両得」を実践している若いお米屋さんのグループ。その中心的な役割をしている上田学園の近くにあるかない米店の息子さんの金井さんやそのお仲間たちとの待ち合わせ。そこにハッチに命を預け(?)、皆でハッチの運転するバンで出かけて行ったのだ。

久しぶりにお目にかかる田植のメンバー。前回同様、どこにも気負ったところがなく、淡々と当たり前のことを当たり前に振舞うなかに、何とも暖かい眼差しを感じ、ホッとする。品格のない商売人が多い中、商売人の王道を行くような若いお米屋さんやそれに賛同している皆さん。事故米を転売して転売して普通米として売っていた業者の行為が大きな問題になっているときだけに、皆さんの顔が清々しく、清潔で、後光がさしているような感じさえして嬉しくなる。そんな方たちに先導されて目的地へ向かってドライブを続ける。

空もどんよりとしており前日の大雨で稲もまだ濡れていたが、5月のときのように暖かい笑顔で迎えて下さった杉山ファームの皆さん。そんな皆さんたちに指導されながら無心に鎌を振り下ろす稲刈り。時々空を見上げ、時々無心に刈った稲を土手に運びながら、少しずつ晴れてきた空と、稲の上を吹いてくる風と、その風に乗るかのように稲や草っ原をピョンピョンと跳ね回る小さなカエルたちに、体の底に沈んでいるかのようだった疲れが取れていく。黙々と稲刈りをしている学生たちの汗にまみれた顔も穏やかに、でも楽しそうに輝いている。

「上田学園の皆さん、楽しそうですね」と、一休みをしていた方から声がかかる。「おかげさまで!」と答えながら、いい汗をかいている彼らが嬉しくなる。

要領が悪く、段取りもまずいせいか何時も忙しい日々を過ごしてはいるが、ことに忙しかったここ数ヶ月。日本語の件で毎朝4時半に起き6時に家を出、問題のある学校で教えながら学生の抱える問題分析をした一ヶ月。上田学園が休みに入ったのを機に一ヶ月間、休める仕事を全部休み、朝から晩まで土日もなく最後は吐き気がするほど中級の教科書と格闘しながら、日本語を学ぶことが苦手な学生たちに、日本語が出来ないと信じている学生たちに、自信をつけさせながら、「日本語ってこんなに易しいんだ」と思ってもらい、また私たちの手を離れたときに自分一人でも学んでいけるようにすることを目標に、教師指導書作りに没頭した一ヶ月。

そんな中、オギッチが舞台のオーディションも兼ねて演技のワークショップに参加し、演出家の山崎哲に褒められたとか。「あんなに楽しそうで、生き生きとしていて、あんなに大きな声ではっきり話す彼を見たことがない」とワークショップを見学に行った真希先生を感激させたオギッチ。11月の舞台に多分出演するだろうオギッチ。夏休み前のバーベキューパーティーにふらっと立ち寄って下さった真希先生の御主人で俳優の佐野史郎さんが、その舞台に主演をするとか。

卒業生のナルは入社して9ヶ月目で営業成績が2番になり、今ではひと月、一千万円は売り上げを上げているとか。「上田学園の授業で当たり前にやらされていたことを仕事場でも実践しているだけなんですが、他の営業マンが誰もしていないことに驚きました」と言う。そして朝は1時間前には会社に行き、帰宅してからも営業日誌をまとめたり、営業先で聞いてきたことをまとめて企画書を書いてみたり、提案してみたりと頑張っているとか。

「1単位がどうしても取れなくて、卒業できるかどうか心配です」と言いながらも卒業後はそのまま日本語の教師として就職をしないかというオファーを大学からもらっていた金谷。無事タイの大学を卒業し、今では日本語の教師として100人の大学生の先生に。そして数ヶ月違いでイギリスの大学を卒業して帰ってきたシーシー。それも卒業試験を終えてすぐに帰国したので、結果は分からずやきもきした10日間を過ごし、無事、それも考えていた以上の好成績で卒業したシーシー。

帰国した週から「NPOとかNGOではなく、発展途上国でその国にも貢献しているが、きちんと売り上げもあげている企業で働きたい」と就職活動を開始していたという。

そんな中、上田学園の先生でもあったソーパ先生から「自分の下で日本語の先生をやらないか」というお誘いのメール。上田学園の授業で外国人に日本語を教える授業があり、シーシーはイギリス人の大学生に教えていたが、人と話すことが一番苦手な彼。頭は最高に切れるが、一番苦手なことで仕事をする。色々な角度で検証してみると、今回のお話は彼にとってはいいことではないかと考えたが、結論を出すのは本人。どんな結論を出すのかと見守っていた。

「最低4年間はタイで頑張ってきます」と、9日の日に日本を飛び立っていったシーシー。金谷同様、大学の先生として、国立大で働く他の先生たちと同じ待遇だという。二人とも、チャンスがあったらタイ人の先生たちと同じように、日本語を教えながら大学院へ進むという。二人の働く場所は車で2・3時間の距離があるようだが、同じ国立大学の本校と分校。分校は2・3年後には同じ国立大として独立するという。どちらにしても頑張ってくれたらいいと願う。シーシーには、生徒は勿論だが他の教授陣から「シーシー、ありがとう」と、どれだけ言って頂けるかにチャレンジして、他人から必要とされるシーシーになって欲しいと、私の願っていることを話した。

無事タイに着いたというメールの数日後、教授陣たちが住む大学構内の官舎に家が見つかったという知らせも入ってきた。そして彼の上司になる先生から「宍戸君と末永くいっしょに仕事ができるように祈っております」という暖かいメールを頂戴し、何だかホッとしている。

卒業生の赤ばんは大学院へ行くと言う。テレビ制作会社にいるタッチは企画が4本も通り、部下も増えたと聞く。沖縄で親の後を継いだ“ばなな”も頑張っていると報告してくれた。同じ沖縄で介護施設で働きながら小説家を目指している野呂田も、彼の奥様のあき子さんのお手紙では、仕事に釣りに小説の勉強に、そして藹春君のお父さんとしても頑張っているようだし、当の藹春くんも無事2歳になり、ますます可愛さに磨きがかかっているようだ。

時間が過ぎていく。そして時間が過ぎるとともに卒業生も含め、上田学園の学生たちが成長していく。ある者は急激に。ある者は彼らのテンポで歩みを続けている。気持ちのよい汗、楽しい汗を流しながら。

「昨日はお疲れ様!」とかけた労いの言葉に、学生たちが答える「楽しかったですね」「気持ちがよくてまた来年もしたいですね」「稲刈りに行ってよかったですね」と。そんな彼らの笑顔を見ながら、実りのある忙しさや嬉しさで心が一杯になり、久しぶりに私のテーマソング「♪頑張らなくっちゃ、頑張らなくっちゃ!♪」と鼻歌が飛び出してきた。これからも気持ちのいい汗、嬉しい汗をうんとかいていきたいのもだと願いながら。

 

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