●学園長のひとり言
平成21年12月18日

小さな教室の、1ミリからの前進

吉祥寺の閑静な住宅街の入り口にある、庭付き平屋の小さな一軒家。上田学園は本当に小さな学校。そんな学校を訪れてくださったお客様たちは、「小さいけれど何だかホットする空間ですね」と感想を述べてくださる。

学校=立派な建物。立派な設備。それが多くの方々が抱く学校のイメージ。しかし、イギリスの語学学校や小さなロック大学(ロックンロールを勉強する大学)の体験や見学をした経験から、学校の建物にはこだわらず、上田学園で教えて頂く先生方にこだわって開校した上田学園。

学校の図書館。学校の食堂。学校のetc。
大き、広く、立派な設備で環境の整った所で学生達が伸び伸びと勉強が出来、資格もとれることは素敵なことだが、それが単なる学生集めの材料でしかなく、むしろ宝の持ち腐れになるのであるならば、実を取りたいと考えた。

自分たちの住んでいる街を始め、すでに既存している全てに目を向け、そして学校の小ささも、大きな木々に覆われたこじんまりとした庭も、この家の歴史を物語るような懐かしい感じのする台所も含め、「世界が教室。世界相手に生きたらいい!」という思いで、学校ではラテン語をはじめ、色々な辞書を揃え、入学が決まった学生達にはコンピューター・背広・海外使用可能な電話などを準備してもらい、市の図書館や国会図書館は勿論だが、プロの方々が利用する図書館、企業の資料室、そして学校周辺のお店屋さん、そこで働く方々、教師の皆さんの知識、知恵、経験、体験、考え方、生き様、人脈、職場など、あらゆるものを教材にしていただき、授業を開始した。そして開校13年目、第一回目の卒業生を出してから9年が過ぎた。

一クラスしかない上田学園。例え一クラスであっても、この空間はすでに立派な社会。1年目の学生も2年目の学生も3年目の学生も皆一緒に勉強をし、自分のテンポで学んでいくことで、世の中は同年齢の、同知識。同じ考えの、同じ経験者だけで形成されていないその中で、どう自分らしく振舞えるか。どう自分と違う人たちと交流するかを体得して自分の道に進んでもらいたいと考え、クラス編成は「なし」とした。

開校早々の4年間は2年制だった。しかし、不登校をして挫折をしたのだからと、やり直しの為に入学した上田学園。嫌なこと、自分が不得手なことがあると、慣れ親しんだ「不登校をする」を実践してしまう学生達。自分の意思で入学を決めたはずなのに、それを許してしまう環境。

そんな学生達が学校に出てくるようになると「ちゃんと出席していればよかった」と後悔し、後悔しながら卒業していく様子に、1年目は不登校する癖を無理に止めず、「不登校してもしょうがない」と自覚させる環境作りの年と位置づけ、本格的な勉強は2年目からと考え3年制に。4年目も継続する学生には、今まで以上に自分の言葉に責任を持たせるために、条件をつけて在籍を許可するという決まりにして、現在に至っている。

学生の進歩はまちまち。そのため、規定通りで卒業し、自分の行きたい道へ進んでいく学生も居れば、1年目に自分の学びたいことを見つけて前進する学生、4年かかって卒業していく学生など、色々。

小さい学校の、卒業していく時期もまちまちな学生達。当然卒業生数も少ない。しかし、そんな少ない卒業生たちからクリスマスや暮れの挨拶のメールが届くと、考えていた以上に、それぞれがそれぞれの世界で羽ばたいているのが分り、何ともホットさせられる。

タイの国立大学を卒業し、その後他の国立大学で日本語教師になった卒業生から近況報告が届く。

タイ語の出来る日本人が少ないので教えることは勿論だが、その他のことでも大学との調整役などで大忙しとのこと。イギリスの大学を出て同じようにタイの国立大で日本語の教師をしている卒業生とも、電話で意見交換をするけれどなかなか会って話せないのだとか。とりあえず、1年に1回は会ってじっくり話そうということで、忘年会を兼ねてか飲み会をすると。

「先生12月30日ころ帰国予定ですので、それから飲みましょう」とメールをくれたテレビ製作会社に入りディレクターになった卒業生は、1ヵ月間、撮影のため南米に。

また、沖縄で障害者の施設で働いている卒業生も、仕事で韓国に行ったり台湾に行ったりしたとか。そして来年3月には、卒業生の一人、ヒロポンが専門学校を卒業する。彼は4月から学校の推薦でカナダで働くことになった。そして1年だけ在籍した学生も、今はベトナムで日本語教師をしているとか。

日本で働いている学生たちも同じだ。
毎日のように帰宅する前に学園により営業日誌をつけたり、企画書を作成したりしている卒業生が、「社長が初めて僕の作った企画書に目をとめてくれて、『君の才能を何とか伸ばしたい』と言ってくれました」と、話してくれた。

また、念願のモーターバイクの雑誌社で働いて記事を書いている卒業生。彼女の名前が時々雑誌で見られるとか。フランス系の証券会社で働いている卒業生。自営業をしている卒業生。大学院で学んでいる卒業生。舞台俳優を目指し、4回目の舞台を終えた卒業生。ホテル業を目指しアルバイトをしてみたら、ホテル業が自分には合わないと、非破壊検査の会社に就職し、社命で国家試験を受ける勉強もしながら働き出した卒業生。内外を問わず皆、頑張っている。

そんな卒業生を見ながら在校生たちも、色々な問題を抱えながら、でも卒業に向けて最後の勉強をしている。

卒業して行くその日まで1ミリ1ミリと変化をとげ、「大丈夫かな?」と心配し続ける教師陣を尻目に、いつの間にかこの厳しい社会で自分なりに頑張り、仕事に勉強に一生懸命努力し続け、成長し続ける卒業生のように、在校生たちも、小さな教室から個々が考える大きな世界に向けて飛び立つために、1ミリ1ミリの前進をしている。それも毎日起こる出来事を知恵や栄養に変えながら、この小さな教室から世界の教室に羽ばたくために。

 

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