こんにちは

こんちちは

呼び名

 

上田学園に入って早2年、あと10日余りで卒業を迎える。

紅茶が大好きな宍戸はそれを勉強する為に4月からイギリスに留学する事が決まっている。留学するのには英語の試験に合格しなければいけないので「英語をやんなきゃいけない」と本人は言っているけど、あまり勉強している様子が見えない。それとも人には見えない所でやってるのかな?

同期の成瀬はこの2年間では物足りないらしくあと1年上田学園に残ることを早々と去年の12月には決めていた。成瀬が「俺、この2年間で成長したんらろうか?」「よく考えてみたら何をしてきたか分からん」とよく言っていた。あと1年残って、今までは出来なかったことを色々やりながら、自分が成長したことを自分で分かる為に残るらしい。

俺自身は2年で卒業することに悩んだ挙句決めました。先生方にはあと1年居るように勧められたし、成瀬には「俺が残るんだけら、お前も残れや!」と、あまり意味の分からない説得をされたりもした。俺自身も最近は何気に本気で勉強がしたくなっていたので、初めの内は残ろうと思っていた。

上田学園の授業内容は本当にレベルが高いし、自分次第でいくらでも面白くも出来るし、つまらなくも出来る。だからもの凄くやりがいがある。でも、自分にとって上田学園という空間はもの凄く居心地が良くない。生徒と不仲なんてことは勿論ない。夜中まで学校で話したり、飯を食いに行ったり飲みに行ったり。お互いの家にもよく行く。言い訳がましいかもしれないけど、居心地の良し悪しは自分自身で作るものだとも思ってるし、自分の受け取り方次第で、いくらでも変えられるんだろう。リサーチの授業や中国語の授業は楽しくて仕様が無い。

先生方と話していても開いた口が閉まらない色々な話をしてくれる。だから、本当に悩んだ。あと1年ここで勉強したら本当に力が付くと思った。不思議な事に授業が全部キャンセルになって生徒同士で、ダベッて学校で過ごす1日よりも、旅行の授業で添乗員のサポートとして実際にお客様を海外にお連れすることの方が“楽”という言葉があっているかはわからないけど、楽なんだよな。勿論、責任やプレッシャーは計り知れないど多い。学校でダベッている時は責任もプレッシャーもゼロなんだけどね。

タイツアーのときもそうっだった。緊張と不安と責任とプレッシャーが死にそうになる程あった。だけど、居心地の良くない学校にいるよりはずっと良いんだから不思議だ。生理的に苦手なのかも知れない。だからと言って学校が嫌いなわけではなし、これからも事あるごとに関わっていくだろうしね。

残りたい気持ち半分、卒業したい気持ち半分で悩んでいた時に母から言われたのが「私は残るのには反対。学費も出さない。それでも貴方、残りたい?もし残りたいんだったら、私を説得してごらん。」 

親からお金のことを言われたのは初めてだ。今までは俺が逆に心配するくらい何も言わなかった。一人暮しの1ヶ月の生活費も俺自身が決めてやりくりしている。しかも生活費は銀行のお金が無くなったら、何の連絡もせずに数十万単位でいきなり振り込んでくる。無駄使いをしょうと思えば簡単に出来る。でもそこまでされると逆に出来ない。親が大金持ちなわけではない。勿論、上田学園に子供を通わせることが出来るから裕福には違いないけど。

そんな親がお金のことを言ってきた。よっぽどのことだ。悩んでいた俺だったけど、二つ返事で苦笑いしながら「説得!無理だね」と考える前に口から出ていた。まあ。こんな事があって卒業することに決めました。

 

いつの間にか題名に書いてある「呼び名」とはかけ離れたことを書いてしまった。今から書きます。上田学園に入って2年がもうすぐ過ぎる。でも誰一人として俺のことを「かんてつ」と呼んだヤツがいない。沖縄では一般的に友達の名前は名字ではなく、下の名前で呼ぶ。その習慣になれていたものだから当然、上田学園でも「かんてつ」と呼ばれるものと思っていた。

沖縄にいた頃はあだ名が無かったので、東京ではあだ名で呼んでもらおうと思って、自分であだ名を作ったのが運の尽き。「知花」(チバナ)を音読みして「チカって呼んで下さい」って言ったものだから、生徒全員にひんしゅくをかって、今日までの2年間、生徒は誰一人として「チカ」とは呼んでくれなかった。それどころか初対面で変なヤツと印象付けてしまったのか、意味も理由も分からないあだ名がこの2年間で生まれては死に生まれては死にを繰り返した。

初めの頃は「チー君」から始まって「ピーマン」「ボッシェル」「チーさん」「チーマン」「ばなな」「腐ったバナナ」「ばななマン」と上田学園歴代生徒の中でもこれだけのあだ名を付けられた人はいないだろう。そしてこれからもまず有り得ない。これ以外にも1週間で消えていったあだ名達が複数あったような気がする。何でこんなに変なあだ名が付けられたのか訳がわからん。

俺が人気者って訳でもない。もしかしてこれはイジメだったのか?1年目は「チカ」か「かんてつ」と呼べと言い続けていたから。皆さんからかって楽しんでいたのかな?とは言え本当に2年間「かんてつ」とは1度も呼ばれなかった。

「チカ」というあだ名も細々とだが次第に勢力を広げ始めている。東京で出来た学校以外の友達は殆ど「チカ」と呼んでいる。喜ばしいことに2年前に比べると着実に増えている。唯一上田学園で「チカ」と呼んでいるのがリサーチの先生だ。この先生だけが1年目の救いだった。

東京に出てきた頃は名字や君付けで呼ばれる事が凄く嫌だったのに今となってはもうどうでもいいって感じ。ただ勘弁してほしいのが学校に来たお客さんの前で平然と「バナナマン」とか呼ぶのは止めてほしい。お客さんが唖然としている姿がたまにある。

 

知花 貫徹

2004年3月6日

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