2009年3月11日(水)

 

不安と期待

 

不安と期待は半分半分くらいがちょうどいい。

昔は不安だらけだった。誰かに声をかけられた時、うまく話せないことへの不安があった。自分が見下され、無視されることへの不安があった。人と会うと考えるだけでも不安のイメージが増幅してしまい、動けなくなった。そしてひきこもり、一人でいることが多くなった。

じゃあ一人でずっといるのが幸せなのかというと、そうでもない。本を読んだり映画を見たり、何かの物事に集中している時というのは、一人でも寂しさは感じない。でも、ふと心に魔が差して先々の心配事を考えてしまった時などは、一人でいると次第に気持ちが心配から離れなくなってしまう。一人が好きだからと言って、寂しさを感じないわけではないのだ。

今では、お店に入っても普通に店員と話ができるようになったし、外国人に日本語を教えられるまでに回復した。だからといって昔感じたような不安がなくなったわけではない。人と話をするようになって少しずつ自信がついてきて、不安をイメージすることは少なくなったとはいえど。だから今は、不安を必要以上に考えないように、取り越し苦労をしないことに気をつけている。

最近、私はコミュニケーションを渇望しているような気がしてきた。といっても、それは単純な会話をするという意味でのコミュニケーションではなくて、言葉を介して自分の思いが伝わった、あるいは相手の言うことが本当に理解できたと実感する、という意味でのコミュニケーションである。

理由は何となく思いつく。一人でいる時間が長かったからだ。私がコミュニケーションが重要になる仕事をした方がいいと考えたのもそのことが理由の一つとしてある。また、コミュニケーションの体験が少ない分、勉強したいという気持ちもある。

コミュニケーションへの不安と期待も、昔は1:9だったのが最近は3:7くらいにはなってきたと思う。5:5のバランス良い状態を目指しつつ、自分の不安をうまく処理して、日々精進していきたい。

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