上田学園ホーム   

2000年に行われ大反響を生んだ対談

上田学園長×村上龍(作家) 
JMM 対談 

 

3.教育のコスト

 

村上 通学している生徒は毎年4人くらいなんですか。

上田 だいたいそれくらいです。というのも、うちは学費が高いんです。年間150万円に設定してあります。
上田学園の設立準備で他のフリースクールの学費を調べたら、だいたい30万円から60万円くらいでした。でも、子供たちが学校に通わなくなることがすごく多いみたいなんですね。それと、何人かの子供の話を聞いていたら、カウンセリングに通って、1回で数万円払っているとか、私立の中学校を2回やめたとか、考えてみるとそれはすごい金額になるんですね。
そういう話を聞いていて、親も子供も真剣にならなければダメだなと思いました。そこで、学費を高くすることで、「元をとる」という感覚で貪欲に学習してくれればと思ったことが理由です。また、借金をしてでも、分割でも絶対に払うから学校に入れてください、という親御さんじゃないと嫌だな、とも思いました。

村上 それは日本的な考え方ではないですね。僕は、教育にはコストがかかるという自覚がないと、日本が抱える問題は解決に向かわないと思います。

上田 先生もしっかりと職業をもっている方をお願いするし、生徒が来ないからといって、他の学校のように学生アルバイトを入れてごまかすというようなことは、絶対にしたくないんです。だから、学校に入るために借金までするというような人じゃないとダメなんです。
私は結婚もしていませんし、子供もいません。家族がいる人は、仕事が嫌だからといって逃げることができませんよね。私が自分の仕事からは逃げないでしっかりと責任を負うという意味でも、高い学費を設定するということは大切だと思います。

村上 全員の先生にギャラをお支払いしているんですか。

上田 ひとりの方は、経営面で結果が出てからでいいとおっしゃってくださいまして。あとの方には、普通のフリースクールと比べても安くないお金を払っています。それでも、ここの先生方は本当に魅力的な方ばかりなので、お金があれば、1時間100万円でも払いたい。本当に、先生方には感謝しています。

村上 もう学校と家庭に過大な期待はできないという消去法で、教育問題は地域社会の問題になってきていますよね。文部省などにも、地域のなかで、専門職の人などを学校に呼んで授業をしてもらおうという話がありますよね。文部省の人に、ギャラを払っているのかと聞いてみたのですが、払ってもかまわないけれども、今はボランティアでお願いしていると言うんです。
もちろん、一概には言えませんが、教育にはお金がかかります。多くの人がそれに気づいていないのではないでしょうか。上田学園は1年間に150万かかるわけですが、普通自動車が200万円で、マンションだと数千万です。ひとりの人間が育つのに1年間150万、という数字を高いと考えるか、安いと考えるか。僕は高くないと思います。

上田 本当にその通りです。今、日本にいる外国人にボランティアで日本語を教える場所がたくさんありますが、私は絶対にお金をもらうようにしています。1円でも5円でももらうんです。ボランティアで教えてもダメなんです。
もし、授業を受ける人にお金がなくても、それでも最大限に出せるお金を出してもらうようにします。1円でもいいんです。お金をとらなければ、例えば、先生が疲れているときに「どうせタダなんだから、今日は休もう」となってしまいます。
人からモノを教えてもらうのは安いことではないんです。ここの生徒には、そういう図々しいことはするなと言っています(笑)。普通に学校に行っていれば、余計なお金はかかりません。普通の路線から外れることはかまいませんが、そうすることによって、高いコストがかかるということも知っておいてほしいんです。
この学校を早く出て次のステップに進むためにも、そういう概念は必要です。そして自分が早くお金を稼げるようになって、親に返しなさい、と言っています。何もかも先生にタダで要求するなんて、なんて図々しいんだろうと思います(笑)。

村上 ボランティアでやると、批判性がなくなって、責任をとれないんです。無料なんだから、というエクスキューズが可能で、それは不健康だと思います。

上田 本当にそうです。子供が学校に来ると、親は子供を人質にとられるので、私が親との間に対等な立場を保つためにも必要です。先生と私の間も対等にしたいので、ここはいつ辞めても食べるのに困らないという人にお願いしています。ご自分の仕事をプロとしてきっちりとやられている方に、お金を払って授業を受け持ってもらえれば心配ありません。

村上 4人の生徒の授業料で先生にギャラを払って、経営は成り立っているのですか。

上田 今は赤字です。十分なお金がありませんから宣伝もできません。しかし、先生にお金をかけることで中身を充実させて、生徒の口コミで広がっていけばいいな、と思っています。立派なパンフレットや新しい校舎でたくさん生徒を呼んでいる学校もありますが、たくさん収入があっても、たくさん支出があれば赤字なわけですから、私は小規模でやっていこうと。

村上 それは何とか継続できそうな赤字ですか。

上田 はい。最近は確実にこの学校の理念は広がっていると感じます。大きな組織にして、政府に認めてもらって補助金をもらう、という気持ちはまったくありません。認めてくださいとお願いするより、向こうから認めてもらえばいいんです。
昔は1クラス70人を1人の先生が担任していたのが、今は30人になって、しかも、昔より状況が悪くなっています。確かに上田学園のように生徒の数は少なくて先生がたくさんいる、という状況ではないので、難しいところはあるとは思いますが、先生が生徒に対して思いやりがなさすぎると思います。
ある先生はここの一番最初の授業で「君たちは世の中では落伍者と言われます」とはっきり言っていました。まだふたりしか生徒がいないときで、ハラハラしました(笑)。生徒は目からうろこで、はっきり言われたことで喜んでいたんです。そういう思いやりの部分が、職業として教師をしていらっしゃる方は少し違うのではないかと思います。
この学校を始めて3年目ですが、2年を修了した生徒がもう1年継続したいと希望してきています。しかし、3年目は条件付きで迎え入れるんです。最初の1年間は生徒を完全に放っておきます。だんだん、先生方の魅力がわかってきて学校に通ってくるようになると、大人としての責任をもてるように教えていきます。
それで、3年目は明確に指示というか、アドバイスをするんです。具体的にどうしたらいいのかということを伝えます。学歴は要らないと言っている生徒にも、「学歴を気にしているからそういうことを言うんだから、いっそのこと学位をとりなさい」と言うんです。

村上 生徒はだいたい何歳くらいですか。

上田 一番上が21歳で、一番下が15歳です。あと、大学生で、どうしてもここに通いたいと言って、入ってくる方もいました。授業を実際に見学して、入学を決めました。

村上 確かに魅力的な授業が多いですね。

上田 そうなんです。本当に面白いですから。その女の子は大学に通いながら、働いて留学の資金をためていたので、どうしても毎日の授業には出られないということでした。私は彼女が教室にいるだけでも他の生徒にも良い勉強になると思ったので、それでもいいから通ってみたら、と言いました。授業料も彼女が出せるだけのお金をいただきました。
それでここの先生に卒論を仕上げるためのアドバイスをもらったり、英語をブラッシュアップしてもらったりしていました。今はイギリスで映画の勉強をしています。そういうふうに、通年ではない方も間にちょこちょこ入ってきます。
それから、先生方もお互いに他の先生に興味をもっていて、少しでも時間があれば、他の先生の授業に出ています。タイ語なんて、生徒にも他の先生にとっても学習するのはほとんど初めてですからね。

村上 お考えをうかがっていると、僕自身の価値観と重なることも多いと思います。ただこれは上田学園が悪いということではないし、可能なところから始めなければいけないと思うのですが、低所得者層にも引きこもりがいると思うんです。

上田 100%とは言いませんが、不登校にはお金持ちのお子さんが多いです。勉強ができなくて学校に行かなくなった子供と、それとは違う原因で行かなくなった子供がいるみたいです。一般の学校ではダメだけれども、フリースクールにはちょっと興味がある、というお子さんはわりと裕福なお宅のお子さんが多いみたいですね。
でもお金がないと言っている親で、本当にお金がない人をあまり見たことがありません。学費を払うお金はないけど、高級車に乗っているとか、子供にたくさんお小遣いを与えているとかいうことが結構あるんです。
先ほども言いましたが、どうしても子供を助けたい、借金をしてでも入れたい、という人には無料でも入学させたい気持ちになります。本当にそこまで真剣に子供のことを思っていて、私たちがちょっと勉強を見てあげることで良くなるのであれば、お役に立ちたいと思います。子供もゲームを買うお金はあるけど、辞書を買うお金はない、というのはおかしくありませんか。

村上 昔、国会で不登校の問題を取り上げた理由が、国会議員の子供に不登校が多かったからだ、と冗談のように言われてましたね。

上田 でも本当だと思います。日本からも不登校児が相当海外留学していますが、社会的に有力な方のお子さんが非常に多いです。

 

 

次へ>

 

 

もどる

上田学園ホーム