上田学園ホーム

上田早苗×村上龍

対談「子育てと自立」

 

6.

 

村上 さっき言ったように何かで食っていかなきゃならないんだってことは事実なんで、子供にはわかると思うんです。だったら嫌なことして人にこき使われるよりも、自分でやりたいことやった方がいいと思わないかって。そう言えばみんな頷くんじゃないですか。

 

上田 そうですね。やっぱり食べていく方法を身につけなきゃならないし、それが一番根本だと思います。だけど現代の子供にその話をすると、だって十分食べれるし、飢餓なんか経験したことない人間にそういったことを言っても仕方ないよって言うんですね。だから私はそういうことを分からせるというか、体験させるチャンスを与えるようにしています。そうしないとなかなか納得しないですから。

 

村上 それは社会的な背景が大きいのかもしれません。僕は小学生の頃、サラリーマンという選択肢をなくしたんで、そうすると何かで食っていかなきゃならないってことをずっと考えていましたから。

 

上田 そこがすごいですね。

 

村上 サラリーマンで食っていかないんだったら、ちっちゃいころは医者とか弁護士になろうと思っていたし。それに食うに困らないからといっても、子供たちが食っていけるっていうのは親の金ですからね。親の金だってことは自由がないってことですよ。親の言うとおりにしなきゃいけないってことです。

 

上田 親がスポンサーですからね。でも子供達は親がどうにでもなる、自由になると思ってるんです。

 

村上 僕はとにかく親の元から離れたかったんで、自分で稼がなきゃならなかったわけです。例えば好きな海外とか行けないでしょ。

 

上田 そうですね。

 

村上 好きなCD一枚買えないですよ。自由じゃないですよね。僕は芥川賞取って本が売れて、そのとき1000万くらい入ってきたんですけど、そのときに自由だって思いました。100万おろして秋葉原にステレオ買いに行って、あの気持ちいい感じは最高だったですよ。

 

上田 でも、たぶんそれが村上龍さんの原動力にあるんでしょうね。当たり前のことっておっしゃったけど、当たり前のことが今ないというか。

 

村上 当時も当たり前ではなかったですけどね、自分はメインストリームじゃなかったし。ただ、教育関係者やメディアとか、縁もゆかりもないような銀行とか証券会社とか大きな会社が僕の話を聞きたがるということは、本当は今の時代は僕がもう当たり前じゃなきゃいけないってことだと思います。

 

上田 本当はそうなんでしょうね。それと、みんなが憧れているんじゃないですか。

 

村上 たぶん僕に変化に適応するコツを聞きたいんじゃないんでしょうか。

 

上田 わかります。だってみんな変わらなきゃいけないっていうのは意識として分かっているけれど、それを実際どうしたらいいのかわからないっていうのがありますからね。
どうしたらいいかわからない問題と言えば、今の小学生は45分間ずっと座っていることができないということですね。幼稚園は幼稚園で自由奔放に育てなきゃいけないと言って、小さいときから座学をやらせない。小さいときから団体生活のなかでも静かにしていなきゃならない時間があるとか、そういうことを教えるのがいけないという風潮がありませんか。

 

村上 それは慣れてないからでしょう。座らなきゃいけないということは、座らないといけないじゃなくて、座らないとコストを払わなきゃいけないということです。そういったきちんと座る訓練をしていない子はコストを払わなければいけないっていうコンセンサスができていればいいのではないでしょうか。

 

上田 それが座る訓練をせずにずっときてしまうと、授業が成立しなくなってしまう。

 

村上 この点に関しては、藤原先生やそこのところだけは河上先生のおられるプロ教師の会と唯一同じなんですけれど、小学校のクラスで今から授業をしますと言って、席に着かない子は家に帰ってもらうということをしたらいい。もう一回幼稚園からやり直してもらう。それしかないんじゃないかと思います。

 

上田 本当にそうですよね。

 

村上 そうしないと、もう小学校ってのは、授業のときは席に着くんですよ、ってことを教える場ではないですから。

 

上田 それぞれ幼稚園、小学校の時はというようにそれぞれ役割があると思うんですよ。その役割、境界線が今なくなっちゃってるんじゃないかな、と思います。

 

村上 席に着くのを教えるのは幼稚園ですね。だから小学校で席に着かなければコストを払うことになるんですよ。これは下手をすれば、死刑になてしまう問題ですからね。
ルールを守らなければ死刑になったり、逮捕されたりする。だからルールを守るってことがマストになって、ルールを守らなければコストを払うことになるんだよ、ということが理解できるようにするってことです。ただそれは簡単なことで、個別にやるんです。ばらばらに席につかないクラスの子供を全員席に着かせようとするから難しいのであって、それぞれ家に帰ってもらって、それから個人個人に教えてできてから学校に来てもらえばいいんですよ。

 

上田 本当にそういうシステムを作るといいですね。

 

村上 例えば、ホテルのロビーを走ったうちの息子を叱ったのはサイパンか何かのホテルでしたけれど、非常にそのコストを払わなければならないんですよ。社会常識に反したことをすると。特に海外ではそうです。結局子供だからといって、なあなあで育ててしまうと、これは尊敬されないんです。例えば移民としてどこかの国に行った場合に、その国のルールに従わなかったら生きていけないのと同じです。

 

上田 スイスに行ったときに、スイスの教育に触れる機会があったんですが、スイスではいくつになって高校や大学に行ってもいい。個人個人がきっちり自分の生活をしていくことをよしとしているから、誰でも大学に行くというのではなく、本当に行きたい人が行けばいいんです。研究したい人は大学に行って研究ができる、でもそういうことに全然興味のない人にも大学とは別のコースがある。自分が選択できる分野のコースを選ぶ、そこがスイスのいいところだって思うんですけれど。
むこうは自己確立っていうのをすごく学校で要求します。その子がどうやって自分を確立していくのかってことを教育する。そのかわり自分の確立したことを守る術として、他人を侵害するようなこともしないっていうことがきちんと守られている。
小学校1年から落第がありますし、義務教育期間は約8年ですが、必ずそれ以上やりなさいということではない。個人個人がもっている個性、能力っていうのは違うから、それを画一的な教育はできないっていうことが常識として社会に定着している。
だからたとえ小学校1年で落第しても、「これでもう1年分からなかったことをきっちり理解してから2年生に進学できるね」と言って、決して焦らない。でも日本だったら、落第したと言ったら親は何が何でも上に上げてくださいと言って頼み込む。そういうケアをするシステムがないから。そこがスイスと日本の教育の違いだなという気がします。そういう意味では、人のことじゃなくて自分がどういう生き方をしたいのか、自分がやりたいことをはやく達成するにはどうやったらいいのか、どうやったら自分が確立できるのか、っていうところを小さいときから教えていますね。

 

村上 日本ではそれはまず大人がすればいいんじゃないでしょうか。いまだに大人がそうしてないですから。大人の社会が自立を前提とした価値観で生きていないですから。そうしたものを子供だけに教えたり、期待することはできないでしょう。

 

上田 ええ、教育を作る人たちにそれができていませんから。教育制度について話してしまうときりがないですし。

 

村上 もう教育制度には期待できないと思います。教育制度のことは悪口言ったり、批判したりしてもしょうがない。

 

上田 そうですね。ある時期から、親でもない学校でもない。まず自分がやるしかないなって思ってきました。だから私は学校を作ってしまった。それとみんなで良くなりましょうって思いがちですけど、それもやめた方がいいかもしれませんね。

 

村上 ええ、自分勝手にやるのが一番いいんじゃないですかね。自分とごく少数の人たちからっていう、変えられないことは仕方がないっていうことです。もちろんそうやっていく中でストレスは発生するでしょうけど。

 

上田 ええ、ただ村上龍さんはご自分のやりたいことをおやりになっていて、ストレスはあまりないんじゃないでしょうか。そんなことを子供達と話していたんですけれど。

 

村上 ええ、ストレスはないですよ。忙しいですが。

 

上田 自分が好きなことをやって楽になったらいいじゃない、ということに尽きるわけですね。モデルがいないなら困るけど、実際村上龍さんという方がいるからいいじゃないと子供達には言っているんです。

 

 

 

<前へ   

「骨太の子育て」へ

 

上田学園ホーム