上田学園ホーム   

上田早苗×陰山英男 

対談「小学校の現場から」

 

1.

 

上田 陰山先生の執筆されている『やっぱり「読み書き計算」で学力再生』などを読ませていただき、とても共感しました。私は親の転勤などでスイスにやってきた子供達を教えた経験がありますが、彼らはスイスの学校でドイツ語、インターコミュニティスクールで英語などの勉強をしながら、日本人学校の補修校にも通っていて、日本にいるときよりも学習の負担が相当大きくなるんですね。そこで子供達に残された少ない時間で効果的に教えるために、自分達で文部省から送られてくる膨大な教科書や通信教育の教材をばらばらにしました。どこが骨で、どう教えたら一番合理的かということを、もう一度自分達で構築していったんです。一学期と三学期で学ぶ項目をくっつけた方がわかりやすいのでは、とかいろいろ工夫しました。そうやって教科書単元のつながりを考えているうちに、なぜ子供のレベルで自然に次が欲しくなるような積み上げをしていないのか、すごい不思議だなあ、合理的じゃないなあと疑問に思っていました。

 

陰山 そうですね。例えば「百ます計算」にしても教科書の単元を無視してるわけだから、普通に指導要領に則ってやっている先生からは邪道に見える。ただ、生徒の視点にたって、生徒がよくなることが一番だ、っていうのが基本ですから。

 

上田 陰山先生にお目にかかって、それを純粋にやっておられる方に久しぶりに会ったという気がしています。しかし、どうやって子供達に飽きさせないで、百ます計算などをやっておられるんでしょうか。最初嫌がる子などもいると思うんですけれど。飽きるっていうのは飽きる以前にやりたがらないという意味で、やる前にこんなものはくだらないだとか、ある程度年齢がいった子供は特にそう思うのではないでしょうか。

 

陰山 これは悪く言っちゃうと、騙しちゃうんですよね。「嫌がってもいいよ。でも一ヶ月騙されたと思ってやってごらん。やっているうちに、必ず力がつくから」と。「今まで何百人と教えてきて実は全然伸びなかった子は一人もいないんだ。あとは君達がやるかどうかの問題なんだ、君達はどうする」と投げかける。だからそこで子供達に一度決断をさせるわけですよね。子供達の中に伸びたいという気持ちはあるわけだから、それを刺激するんです。最初子供達は、しんどいからいやだと思ったり、あるいはやる前から失敗したときのことを恐れているわけですよ。でも、これをやれば絶対力がつくんだと子供が信頼してくれれば、実際努力してくれるし、また必ず伸びるんです。

 

上田 これをやっておけば大丈夫という安心感を与えることも大事なんですね。けれど、逆にうまく伸びてくれない場合はどうしますか。

 

陰山 もちろんすべての子が同時に伸びるわけではないのですが、もし伸びないとしたらいろんな要因がありますよね。子供達がなぜ伸びないか原因を一つひとつ詳細に分析していく。家庭的な要因であるとか、ごく稀に能力的な問題であるとか。ただそうやっていくと原因っていうのはそんなに多種類あるわけじゃないんです。だいたい原因を特定できるんです。そうするとある程度こちらの対応もマニュアル化されてくる。だから、ぼくらの学校の基礎学力定着の実践をそのまま鵜呑みにしてやってもうまくいかない、と言って電子メールなどで相談してこられる方がいるんですけど、大概はまたこちらからのアドバイスでうまくいっているようです。

 

上田 その教えることに行き詰っての電子メールでの問い合わせや相談内容というのは、他にどういうことが多いのでしょうか。

 

陰山 大抵は単純な内容です。思ったように百ます計算の記録が上がらないといって焦ったり、すぐ結果を求めることからくる焦りからの相談が多いように思います。人の能力はある時期、努力してもずっと伸びないでいて、ある時期がくるとぐぐっと階段の段を上がるように飛躍的に伸びるものですから、焦る必要はないのですが。

 

上田 先生や親が必要以上に過敏になっていることもありますよね。しかし、どうして過敏になるのでしょう。

 

陰山 ぜんぶ教師や親のせいで子供が伸びたり伸びなかったりすると思っているからではないでしょうか。親もこうでなきゃいけない、っていう脅迫観念のようなものがあるからではないですか。子育てでも、そんな思うようにうまく育つ訳ないんだと開き直ってしまったら、全然どうってことないんですけどね。子育てに絶対失敗が許されないなんてことはなくて、試行錯誤の中でしかできないはずですよ。

 

上田 そうですね。これは私が学校を開こうと思った理由のひとつでもあるんですが、日本でうまく行かないからと言って、とても安易に、若年の留学生を海外に連れていくことが多かったんです。でも日本でうまくいかない人間がむこうでうまくいくわけがない。そして親はお金だけを送って、海外で直接目に見えないから勝手に安心している。実際は高校一年生でも小学生レベルの勉強をしなくてはいけない学力なのにもかかわらず。これを見ていて何か違うな、迷惑をかけるなら自分の国にかけるべきだなあ、と。
そうやって自分でフリースクールを作ろうと思ったときに、一番ネックになったのは先生の選択でした。先生の力量、技術もそうですが、それ以上に人間としての魅力、先生がご自分の教える科目なり事柄に対して強い憧れを抱いているかという部分を重んじました。

 

陰山 確かに日本には教師の力量や技術で子供を育てるという迷信があります。ある意味、職人芸のような。しかし個人技のようになってしまうと今度は六年間でどう伸ばすのか、九年間でどう育てるのかというように、学力作りを教師が連携させて進めるという発想が抜けてしまいます。
僕らも百ます計算とかやっていますけれど、こればかりにのめり込んで、これがすべてだと思っちゃいけないと思っています。あくまで次のステップに行くためのトレーニングですから。ただ長年「落ちこぼれをなくす会」などで研究してきて、現在はあれ以上に短期間で基礎計算力をつける方法がないんです。

 

上田 確かに日本の中でも、都市部とそうでないところで地域ごとに子供達も違うわけですし、親の職業や風土などの影響を受けてまた違った反応が出てきます。ただ、どこへ行ってもいいものはいいわけですから。だから百ます計算などは他の国へ行っても評価されると思っています。ただ取り組み方や、方法論が違ってくるということなんですね。

 

陰山 そうですね。

 

上田 私の経験では家庭が学校に要求するものが大きすぎたり、結果を性急に求めたりしすぎるのでは、と思うんですが、先生は実際にお仕事されていてどう感じるでしょうか。

 

陰山 期待が大きいというよりも、家庭が家庭としての本来の機能を果たしにくくなってきたという気がします。

 

上田 期待というのならいいんですけれど、問題を何でも親が学校に投げてよこしてしまうというような傾向はありませんか。

 

陰山 あるかもしれません。でも、うちの場合はだからこそ、投げてよこされる以前に、逆に家庭にこちらからこれだけのことをしなきゃだめですよ、というように家庭に呼びかけ、情報発信をしてきました。それが良かったんだと思います。
ですから、そんなむちゃなことを言われることは少ないですし、たまにあっても職員室でみんなでどうするか話し合いますので、保護者のクレームで悩むということはあまりまいですね。学校ぐるみは必然的に地域ぐるみに発展していくんだと思います。その分保護者の方は大変だったと思いますよ。

 

上田 それは具体的には、子供がきちっと朝食を取ることの徹底指導だとかそういうことですよね。

 

陰山 そうです。ただ家庭の教育のせいというより、もう少し突き詰めて言うと、日本そのものが子供の存在を許さない構造になってきていると思います。要するに、教育問題のなかで一番象徴的に表れている数字というのは出生率だと思うんです。現在、日本の出生率が1.3〜1.5人の間の数字になっていますよね。そういう数字を見ると、まず子供にすらなれない世の中、社会そのものが子供の存在を許さないような時代にまで来ていると感じます。私達の地域但馬では、あの広い地域、兵庫県の北4分の1くらいですが、中学校3年生、1学年に2,800人しか生徒がいないんですよ。それだけじゃありません。去年生まれた子供達は1,600人です。かつて神子畑という地域には鉱山があって子供が300人いたのが現在1人です。今まさしく私たちが直面している問題は、子供がいないということです。子供がいなくなってしまえば社会も子供に合わせる必要がないじゃないですか。そしてますます子供がいづらい社会構造になっていくのではないか、そんな不安があります。
子供がいなくなったらこの社会が存立できなくなるということは分かりきったことなのに、いまだに教育に、子育て支援にお金も手もかけようとしない社会。銀行の救済も必要かも知れませんが、もっと深い危機が進行しているんじゃないでしょうか。

 

上田 そういった意味でお金の使い方が下手ですね。

 

陰山 お金の使い方で僕が一番憤りを感じたのはバブルの時です。日本人が何をしたかというと、サーキット場を作った、わけのわからん絵を買った、要するに金の使い方が下手だと、いくらお金があっても社会を良くしていくために使われないんだなと失望しました。じゃあ僕らの役割は何かと言ったら、生まれたくても生まれて来れない声なき者の代弁者じゃなきゃいけないと思うんですよ。だから僕は社会に対して徹底的な頑固者になる。


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