上田早苗×村上龍
対談「子育てと自立」
5.
村上 それはお母さんにしてもそういう過保護や過干渉の人もいるかもしれないし、まったく関与しない人もいると思うし。だからお母さんの責任だけじゃないと思うんです。お母さんだけでは、今の日本でお母さんだけが進んで変化に適応できるようになるわけじゃないので。
ただ、全部変える、日本を変えようとしたら難しいわけだけど、そうじゃなくていいんですよ。ひとりが変わるだけでいいんですよ。誰も変わらなくても自分だけ変わればいいんだから。
上田 それは本当にそうですね。一番笑ってしまうのは、強制的に勉強させるのは駄目、学歴不要と言っておきながら、自分の子供だけは塾なりいい学校に行かせるというような茶番劇ですね。
有言実行してくれれば、自分だけでも変えられればそれは大きいと思うんですけど、日本の場合、隣近所を見ながら行動しようとしている。個人ではなかなかできない。
村上 結局もう全体のことは放っておけばいいんじゃないでしょうか。とても僕は日本を変えることなんてできないし。少なくとも妹とか友達の家族なんかで、あるいは自分が小説を書くことで伝えていく。
日本とか親とかそういう括りを一切やめるっていう方向でやらないと、結局堂々めぐりになっちゃう気がするんですよ。
上田 ええ。私は自分の中に昔の薬箱みたいに、いろいろな引出しをもって、何か問題や必要に応じてその引出しを開けて、参考にできるような情報が欲しいと思っています。たった4人の学校でも4人ともまったく違うわけですし、4人が同じ方向を向くわけではない。じゃあそのなかで、私はこれはと思うものを、いろいろな方から学んでストックしておいた薬箱から選び、まず投げかけてみる。それを受けるか受けないかは子供達次第。私は情報を発信しているから、そこからもらったときに必要なものと捨てるものを判断する力を持って欲しいと思っています。
そうやって考えていたら、村上龍さんだったらどんな学校作るのかなって思ったんです。
村上 僕は学校作らないですね。
上田 たぶんそうおっしゃるだろう、作らないとお答えになるだろうとは思っていたんですけれど、作らないのはどうしてですか?
村上 小説を書くだけで手一杯なのと、そういった、ない仮定をしても仕方がないですから。例えば文部科学大臣になったら何をやるかとか聞かれるんですけど、やるつもりないですからね。そういうことを考えているひまがあったら次の作品を考えた方がいいです。
上田 本当にご自分がやりたいことがわかってらっしゃるんですね。できることとできないことと。
村上 まあそうですね。
上田 どうしてそうなったんでしょうか。
村上 日本的集団に馴染まなかったからですかね。
上田 それははじめからですか。生まれてからそういう環境で育っていたってことなんですか。
村上 うちの父も美術教師で画家だった、というのもあって、別に人と同じじゃなくてもいいって言って育てられましたから。個性的であっていいんだよということはよく言われて育ったんで。だからさっきおっしゃったような過干渉の親のタイプとは違いましたね。うちの母も教師でしたが、うちの母は忙しくて、過干渉するひまないんですよ。なんか相談しても忙しい、うるさいから向こう行ってろというように、もうどうしても自分で考えるしかないんですが、あれはすごく良かったと思いますね。今になってうちの母は、「あの頃悪かったわね」って言うんですけど。別に全然悪くはなかったですね。だから極端な話、日本のお母さんはみんな働けばいいんじゃないですかね。
上田 家でこれだけは守りなさい、っていう決めごとのようなものは何かありましたか。これはやっちゃいけないとか。
村上 弱い者いじめと人に迷惑かけちゃいけないってのはありましたけど、それは簡単な決まりです。弱い者をいじめるのはフェアではないことと、バスの中で騒いだりすると多大なコストを払わなければいけなくなる、そういうこは社会性ですよね。
上田 確かにうちも生徒をお預かりするときに聞くんですけれど、お宅は最低限これだけは、というのがありますかと。
村上 ただ僕は子供に何にも言ってないんですよ。生まれてから一回も勉強しろって言ったことがないんです。ホテルのロビーとか走りまわっちゃだめだよ、とかは言いましたけど、そんなのは教育というより、もう常識みたいなことなんで。
上田 お子さんは今、大学生ですが、こういう方向に進みたいっていう相談にのったりされましたか。
村上 勝手に決めていきましたね。
上田 お父さんやお家の方針というのは。
村上 いや、うちは家内も何にも言わないですから。よくわかんないですけど。社会的には自分の興味の持てる道を選んだ方がいいとか言ってますけど、自分の子供には言ったことはないんですよ。
上田 お子さんもそうやってご自分で進む方向を決めていますが、村上さんはどこを自立の基準として置いていらっしゃいますか。
村上 精神的な自立という意味では小学校くらいからはじまっていますが。まあ、今も相当自立してると思いますよ。自分で何かを選び取っているという意味で。
上田 そういう最低限の規律、これだけはだめというのがあって、その他は放っておかれるなかで自然にそうなったということですか。
村上 ええ、叱ったことはないです。多分彼の人生でも3回くらいしかないだろうな。ひとつはホテルのロビーで走ったこととかそういうことですが、伝わればやめますから。
上田 その伝わるってのはどうやったら一番伝わるのでしょうか。
村上 自分がやらないってことでしょうね。
上田 その伝え方は昔言った「親が背中で育てる」というような意味ですか。
村上 それとは違うと思います。後ろ姿見ててもわからないこと多いですよ。いやずっと見てるんですよ、子供って。親しか参考にするしかない時期がけっこう長く続くから。だから恐いぐらい親を見てますよ。そういう意味で、親だからどうしたらいいかっていう絶対はないですよね。
上田 大人として子供が自分達をきっちり見ていることを意識しなさいよ、ということですか。
村上 ただそれも自分はしなかったですから。わからないんですけど、何か背中を見て育つというのはちょっと違うと思うんです。それはなんで違うかというと、背中を見て育つってのはコミュニケーションがなくても大丈夫ってニュアンスがあるじゃないですか。そんなことはなくて、コミュニケーションは必要ですよ。
上田 お子さんと話をなさる機会は多かったですか。
村上 話はよくしました。
上田 だから村上龍さんのいうコミュニケーションによるコントロールっていうのは、ほんとにコミュニケーションって意味なんですね。そうすると本でおっしゃっているコミュニケーションの整備をするというのはどういう意味なんでしょうか。
村上 それは間違っていたら素直に謝るとか、そういうことですよね。
上田 本当に人間としての基礎ということですね。また、いま個性教育、ゆとり教育などいろいろ掲げられていますけれど、ああいう言葉に対してはどう思いますか。
村上 いや、悪くはないと思います。結局、どれも昔の規格人間ではいけないんだ、という反省が込められているんで、それは完璧じゃないですけど。
上田 確かに教育はどういうふうに変わっていくべきか、というのは現実に動いてみないとわからないところがあります。やってみてはじめてその時の子供によって違う結果が出てくるでしょうから、またそこから変えていかないと仕方ないと思います。
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