上田早苗×村上龍
対談「子育てと自立」
4.
上田 親をそういうふうにもっていくためにはどういうふうにしたらいいでしょうか。
村上 それは僕にはわかりません。いろんな人がいますから。まったくそういうことを考えることのできない人が7割くらいいて、もう既に変化に適応して生きている人が5%くらいいて、残り25%は何かおかしいんだけど、何をしていいのかわからない。この人たちをこの5%に近づけることはできますけど、全体の親をレベルアップするのは無理ですよ。だからそういうことが可能だっていう幻想があるのは良くない。この7割の人に少しでも考える方がいいってことに気付かせる、そういった戦略しかないわけですよ。100%に有効なソリューションってないですよ。
上田 現実問題、子供達がどうやっていいかわからないっていうのは、親が役に立つ生き様というか、こういうふうにすると自分の人生の得になるよ、というアナウンスをしていないからですよね。うちに帰っても勉強しない、勉強時間はゼロに等しい子がかなりいるといいますね。その中で歌手になりたいと言う子がいて、歌手になりたいから帰ってきても音楽ばかりきいている。親は高校に行って欲しいとは思ってるけど、今さらやっても追いつかないと嘆いている。
親は「勉強させたいと言っても聞かないし、小さい頃から歌手になりたいと言っているので応援したいと思います。そうしないと親子の関係が断絶しますから」と言っている。じゃあその子は歌手になるために歌を習いに行ったり、踊りを習いに行ったりして、可能性を切り開くために何か努力をしているかといったらしていない。何もしていないから、子供はハアハア歌って時間だけが過ぎて行く。それはすごいもったいない。親がそういうことを言えない。子供に遠慮して言えないのでしょうか。
村上 いや、親はそれは遠慮してるんじゃなくて分からなくて言えないんだと思いますよ。歌手になりたいと言う子供に対して、対応できていない。社会の側も簡単に歌手になれるような共通認識がある。別に必ずしも今活躍している歌手のすべてが歌の練習してきたわけでもないですし。
ただその場合、親の側にどういう対応ができるかってことなんですが、そのときに親がスキルを得たり、トレーニングが必要だったり、そういうことをしておくと社会的に有利に生きられることを態度で示しておけば、子供は逆に簡単に歌手になりたいとは言わないはずなんですよね。ただそれはほんと5%の母親にしかそういうことはできないんで、歌手になりたいって子が大勢いるってのはしょうがないですよね。
上田 それじゃあ、5%じゃない人たちを5%に近づけるには何をするべきなんでしょうか。
村上 それは社会的なアナウンスをしていくしかないですよね。
上田 それはやっぱりいろんな立場の方が自分の立場の意見をアナウンスしていくということでしょうか。
村上 少なくとも僕は他の人のことはよく分からないんですけど、自分は機会を見つけたり、人に聞かれればそういうことを言うってだけで。だからもっとみんな自分勝手になればいいと思うんですよね。自分のことを考えれば。だれも自分のことを考えてないんですよ。なんか自分のことを考えたくないから社会のことを考えるって言ってるだけで、自分のことを考えるのが恐い。それだったら、僕はどうやったら自分がハッピーに生きられるのかとか、考えますけどね。ただ上田先生は立場上そうは言っておられない訳だから。
上田 でも、私も自分では基本的にはとっても幸せだと思ってます。自分で好きなことをやっているから。苦労はすごくありますけれど。子供達に言ってるんですけれど、お金のことを考えれば大変、でもお金に替えられない自己満足はあるって。それはなぜかっていうと、あなた達がいい方に変わっていく。それが私がやってることが間違っていないなという自信になる。やっぱり私はこの仕事が好きだから、そういった仕事を選択できたことが幸せだなって思う。苦労でもういやんなっちゃうと思いながら、こうやってやってこれたのも、そこだから、そこだけはね、あなた達に言っておきたいと言う。
村上 大丈夫、それは言わなくても必ず伝わっていますよ。
上田 そうでしょうか。実は小説家になりたいっていう男の子がいまして、村上さんに聞いてみたいと言っていたんです。「芥川賞って一億貰えるんですか」って。もし俺が一億円貰ったら先生にあげるよ、と言っていました。
村上 そんな貰えないですよ。100万じゃないですか、賞金は。
上田 それを聞いていた他の子が「先生それは生徒集める方が早いよ。こいつ漢字書けないんだから」って。
村上 でも、あの子達は感覚がシャープだなあ、と思いましたね。キューバの音楽も自分で行きたいって言ってたでしょ。ああいうキューバの音楽とかを聞いて、わあすごいなあ、ああ気持ちいいなあって思えるのは、大事なところが侵されてないんですよ。
上田 私もそういう意味では、いろんな問題を抱えているんですけれど、ある面で選ばれてきた子供達だと思っています。何か目的をもって上田学園に自分で来ようと思った時点でひとつハードルは越えてると思っていますから。
村上 自分で選んでますからね。
上田 そうですね。今回上田学園の旅行でヨーロッパのジュネーブにいるとき同時テロがあったんですけれど、ジュネーブに入る前にチューリッヒでスイス人の方に家の中を見せていただく機会がありました。そのときに自分達のことは自分達で守らなければいけないと言って、地下室のシェルターを見せて貰える機会があったんです。その後、あのテロがありまして、それで子供達がものすごいナーバスになったんですね。私もナーバスになりましたけれど。でも世の中って、私達が知らないところで、テロとはまた違った形でいっぱい事件や出来事が起きている。今はマスコミやインターネットが発達して、同時に見られちゃうからすごいショックだけれど、そういうことはたくさんあるんだよって話をしていたんですね。
それでそのときに、3週間の旅行だったんですが、子供達と徹底的に話し合わなければならないことがあって、何回も何回も上田学園の存続をかけても、という感じで話し合ったことがあるんです。私が子供達の壁になるという感じで。
それは自分の身は自分で守らなければいけないのに、お金はどうだっていいや、食べられるからいいや、という感覚なので、あなた親がいなくなったらどうする、親はいつまで生きていてくれないのよ、その前にちゃんと自分で生きていけるようにきちんとスキルなり見につけていかなければいけないのに、ってことをものすごい話し合ったんです。そのなかで異論もありましたけど、段々納得してくれて、もともとがいいものを持っているから輝き出すんですね。教師をやってて良かったなあって思う瞬間です。一端輝き始めれば、たとえどんな遠回りをしても、きっとこの子達は自分の納得行く人生を歩むだろうと思っています。
そういう意味でいわゆる規格型の子供達と違って、こういうところに来る子は簡単に測りきれないすごいものをたくさん持っているので、それだけは大事にしてあげたいし、伸ばしてあげたいって思うんです。ただ私が心配なのは、うちの子達だけかもしれませんが、物事を判断したり解釈する最低限の基礎学力が足りないことなんです。
村上 それは先生のせいじゃないですよ。無理ですよ。それはオオカミに育てられたら、オオカミ少年になっちゃうわけだから。子供達が自然発生的に自分達で身につけるわけはないですからね。
上田 もう基礎を早くにやってあげなきゃって。でもたまにすごく笑っちゃうんですけどね、辞書を引けない子がいますからね。うちに遊びに来た大学生でも引き方を知らない子がいました。
村上 ただ子供っていうのは、基本的にみんな危機感を持って生きていますから、何かを学ばなきゃ生きていけないってことは本能的に知っています。だからそれが必要だということさえ教えてあげれば、ということなんでしょう。
上田 結局、本来子供にとって必要な失敗のチャンスをみんなでつぶしているんですね。放っておけば、自分で頭をぶつけて必要だって分かってくるときに、その頭をぶつける前に、お母さんが相変わらず守ってしまう。
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