H16.6.29

自分はリーダーシップを取るのは好きではない。やっぱりリーダーになると責任が重いし、色々日常的に不安が増える。

ただ、僕が小学6年生のとき児童会長をやっていたとき、自分の人生の中で一番女の子に好かれたので、モテる為だったらリーダーをやってもいいかな? とは時々思う。

小中学生のとき、よく学校の役員をやっていたが、あれはリーダーシップを取っていたのだろうか? どちらかというと、先生と生徒の間の中間管理職のようなことをやっていたような気がするが、それは多分、僕自身にリーダーシップを取る気が無かったので、自然にそうなってしまったのだろう。

これといって、自分でこうしたいというのが無かったので、先生からあんまり怒られないように、生徒からあんまり不満が出来ないようにと、考えて行動していた気がする。

まあ、それもリーダーシップの一種なのか? 僕が6年生の児童会長を終えた頃、友達から、「小高君はまわりをよくまとめていたね」みたいに言われた。とっさに、「えっ? あっ・・・ うん、ありがとう」みたいにテキトウな返事を返したが、実際のところ、何でそんなことを褒めてもらえるのかさっぱり分からなかった。俺、なんかしたっけ? って感じ。僕の中間管理職的仕事が評価されていたのだろうか。

リーダーと言うのは何をすればいいんだろうか。「小高、おまえの好きな様にやればいいんだよ」、小学校のときの先生がいつだか僕にアドバイスしたが、その頃毎日毎日思ってたことは「早く家に帰って眠りてえ。つーか、児童会長、早く辞めてえ」ってことだったけれども。

じゃあ、何故そんな役を引き受けていたかというと、
1.誰かがやるしかないんだよ!
2.やれば誰にだってできるのさ!
3.小高君がやるんだったら、ついていくよっ!
というセリフがそろうと、私は断れなかったのだ。

3番に関して言うなら、「おめえ、自分じゃなかったら誰でもいーんだろーがっ!!」と内心思うわけだが、数が多いと何故か逆らえないのである。

「誰でもいーんだろ」という僕の読みが、ひねくれすぎていると思う人もいると思うけど、だって、僕がためらってて他の候補者が出たときに、「小高君がやるなら・・・」って言ってた人が、あっさりと別の「OX君なら・・・」って言い始めるんだから。それでも言われないよりマシだろうって? まあ、そうかもしれない。

2番に関しては、誰だって出来るなら俺でなくても、いーじゃないか、と今なら思うわけだが、当時はそこまで知恵が働かなかった。

そんな風に色々言われても絶対やりたくないという人はいて、そういう人はキッパリ断るから、結局自分は気が弱かっただけと言える。

そんな訳で僕はよく、なんとか長みたいな役柄をよくやってたのだ。だけど、なんかリーダーっぽくなかったよな、自分は。間違いなく「世話役」ではあっただろうけど。

それでも、それはそれで別に悪くもないのかもしれない。なんかしっくりこないと感じるときもあるけれど、他にやりたい事がないなら、まあ「世話役」でもいいんじゃないかと思っている。

強いて問題があるとすれば、「先生に怒られないように、生徒から不満が出ないように」というのが僕の中心的な仕事だったってことか。そういう守りの世話役ではなくて、もっと積極的な攻めの世話役になれれば、文句なしかもしれない。

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